源氏供養 (Genji Kuyo)
源氏供養(げんじくよう)は、源氏物語およびその作者である紫式部を供養すること。
架空の物語を作ることは仏教における五戒の一つである「不妄語戒」(嘘をついてはいけない。)
これに反する事になるとする当時の思想に由来する紫式部が源氏物語という人々を惑わす絵空事を描いたため死後地獄に落ちてしまったとする伝承をもとに紫式部を供養しようとした行動。
源氏物語に耽溺したために自身が不幸になったとする思想は1060年ころ著された更級日記の中にすでに現れているが、具体的な行動としては『宝物集』などに現れており、治承(1177年から1180年)・文治(1185年から1189年)のころに始まったとされており、中世には実際に何度か行われている。
上記に由来する物語。
作者は不詳。
鎌倉時代の成立とされる。
写本により『源氏供養』(東海大学図書館桃園文庫蔵本)、『源氏供養草子』(宮内庁書陵部蔵本)、『源氏物語表白』(宮内庁書陵部蔵本)などの異なった表題を持つ。
高僧が長年源氏物語に耽溺したため仏の教えに専心出来ないとする女人の依頼により供養するという内容。
上記をテーマにした能楽作品。
本項で詳述。
近松門左衛門による浄瑠璃
三島由紀夫の戯曲 1962年(昭和37年)に「文芸」復刊3号で発表。
当初全8作として発表された近代能楽集の9作目として発表されたが、後に「廃曲」として三島自身によって除かれたため、三島由紀夫の生前には単行本への収録も雑誌などへの再録もなく、上演されることもなかった。
ただし、同人の死後には1981年(昭和56)7月7日から15日に東京・国立劇場小劇場において演出吉田喜重、出演真帆志ぶき、嵐市太郎、堀内正美、臼井裕二、渡辺喜夫ほかにより上演された。
また、「三島由紀夫全集(23)」(新潮社、1974年11月)、「三島由紀夫戯曲全集下」(新潮社、1991年9月)、「批評集成源氏物語 4」(ゆまに書房、1999年5月)、「決定版 三島由紀夫全集(23)戯曲3」(新潮社、2002年10月10日)などに収録されている。
なお、本作についてはこのような事情から初出誌以外のテキストが存在しないため、死後に出版された全集などでも他の作品に対しては行われているような初出誌と単行本収録版や文庫掲載版との差異を示すといった本文校訂は一切行われていない。
『窯変 源氏物語』の著者である橋本治の源氏物語を題材にしたエッセイ 1993年から1994年にかけて上下2巻で中央公論新社から刊行され、のち1996年に上下2巻で中公文庫に収録された。
源氏供養(げんじくよう)は、源氏物語をテーマにした能楽作品。
『葵上』、『野宮』など物語中の出来事に取材した一連の作品とは異なり、源氏物語成立の背景を描いた能である。
澄憲の作と伝えられる『源氏物語表白』をもとに構成されている。
概要
石山寺へ参詣途中の安居院法印(澄憲)のもとに紫式部の霊があらわれ、自分は源氏物語を書いたが、その供養をしなかったため成仏できないと訴える。
法印が石山寺に到着し回向をしていると、紫式部が生前の姿であらわれ源氏物語の巻名を読み込んだ謡にあわせて舞い、実は式部は観世音菩薩の化身であったとあかされる。
作者については世阿弥説、河上神主説(以上『能本作者註文』)、金春禅竹説(『二百十番謡目録』)がある。
作品構成
前段、安居院法印の名のりから石山寺への道行き、紫式部の霊との出会いがあり、石山寺門前の者との問答ののち後段にうつる。
法印が石山寺の境内で源氏物語の供養をしていると、紫式部がありし日の姿であらわれる。
供養によって紫式部が観世音菩薩の化身であったとあかされ能は終る。
序の舞は舞われず、源氏物語を読み込んだ長大な「クセ」があるという三番目物としては異例な形をとる。
前段
【登場人物】
能シテ - 里の女(紫式部の霊)
能ワキ - 安居院法印
ワキヅレ - 従僧(2人)
供の僧を連れた安居院法印が登場、石山寺の観世音菩薩を信仰していること、これから石山寺に参詣することを述べる。
一行は辛崎(唐崎)のあたりで里の女に呼びとめられる。
女は自分が紫式部の霊であることを匂わせ、「かの源氏につひに供養をせざりし科(とが)により 成仏できないでいる。どうか弔ってほしい。」と述べる。
安居院法印は供養を約束し、里の女実は紫式部の霊は、石山寺で会おうといって消えうせる。
間狂言
【登場人物】
能狂言方 - 石山寺門前の住人
ワキ - 安居院法印
ワキヅレ - 従僧(2人)
石山寺門前の住人が法印をみつけて、見慣れない方々だがどなたかと問う。
法印は自分の身分を述べ、紫式部のことを語ってくれないかと頼む。
住人の言うには「紫式部は越中守(史実では越前守)藤原為時の娘、藤原彰子に仕え、新しき物語を創れと命ぜられてこの石山寺に参籠し、祈願のうえ霊感を得て、まず須磨明石の巻から書き始めました。
そののち罪障消滅のため、大般若一部六十巻を自ら書いて納経しました。」とのことである。
住人は「ところで、なぜそのようなことをお尋ねになるのです?」と問う。
法印は「さきほど若き女性から源氏供養のことを頼まれたのだ」と答えると、住人は「あなた様の貴さを見て式部が言葉を交わしにあらわれたのでしょう。」という。
法印一行は、石山寺にて弔いをする。
後段
【登場人物】
能シテ - 紫式部の霊
ワキ - 安居院法印
ワキヅレ - 従僧(二人)
夜もふけてなお法印たちが供養をおこなっていると、紫の長絹(衣)に緋の大口(袴)姿の女性があらわれ、法印の「紫式部にましますか」という問いに「恥ずかしながらあらわれました」と答える。
そして「ありがたいお弔いになんの布施をすればよいでしょう」と感謝の言葉を述べると、法印は「布施などは思いのほか。
ただ舞ってください」と言葉をかける。
紫式部は手にもっていた願文を法印にわたす。
法印たちはその願文を読む。
能地謡が「そもそも桐壺の、ゆふべの煙速やかに、法性の空に至り、帚木の夜の言の葉は…」と源氏物語の巻名を順に読み込んだ謡を歌い、紫式部はこれにあわせて舞う。
「夢の浮橋をうち渡り、身の来迎を願ふべし…」と舞い納め、最後は地謡によって紫式部が実は石山の観世音菩薩であることが明かされ「思へば夢の浮橋も、夢のあひだの言葉なり夢のあひだの言葉なり」という詞章で能は終る。