門徒物知らず (Monto Mono Shirazu)
門徒物知らず(もんとものしらず)は、浄土真宗の信者(門徒)に対して他宗の信者が「仏教の作法を知らない」と批判する際に使われる言葉。
元来は「門徒もの知らず、法華骨なし、禅宗銭なし、浄土情なし」という各宗派を揶揄する地口の一句。
「門徒物知らず」とは、阿弥陀仏一仏に帰依をして、他の神仏を顧みないために、土地の神仏に関わる儀礼や風習にも関心を持たず、死者儀礼などに関わる習俗にも従わない真宗門徒の姿を、他宗の立場から「物知らず」と揶揄するものである。
しかし、他宗からは「物知らず」として揶揄される真宗門徒の特徴も、これを評価するむきもある。
たとえば、江戸時代の儒学者、太宰春台は『聖学問答』で「一向宗の門徒は、弥陀一仏を信ずること専らにして他の仏神を信ぜず、いかなることありても祈祷などすることなく、病苦ありても呪術・お守りをもちいず。みなこれ親鸞氏の力なり」と書いている。
他説として、「門徒物知らず」という言葉は、本来は「門徒物忌み知らず」や「門徒物忌みせず」という言葉であったが、それが誤って伝えられたものであるという説が、真宗の説教などで語られることがある。
しかし、「門徒物知らず」より前に「門徒物忌み知らず」などの言葉が存在していたことはなく、近年になって「物知らず」に対抗する言葉として生み出されたと考えられる。
物忌みをしないことは、真宗門徒の特徴の一つではあるが、「門徒物知らず」は、物忌みをしないことだけでなく、様々な真宗門徒独特のあり方を表した言葉である。
(物忌みに関しては下の「浄土真宗と他宗派との差異」の「物忌み」の項目を参照)
「門徒物知らず」という言葉が文献に見られる例としては、1786年の『譬喩尽』と1857年初演の歌舞伎「鼠小紋東君新形」が確認されている。
出典、小学館『日本国語大辞典』
実際の用例
実際の用例では、教義の問題というよりは、葬送儀礼や仏事作法など習俗に関わる場面で、地域社会との交流のなかで生まれる言葉である。
他宗の信者から見て、当たり前と思える習俗に従わないことを指摘する時などに用いられる。
あえて対立するよりは他宗の仏事にはその教義に合わせ、自分の家の仏事には浄土真宗の教義通りに行うと考える門徒も多い。
(他宗の信者が浄土真宗の葬儀・法事に参列すると、違和感を感じる事が多い。)
葬儀の場などで、他宗に属する親類や年長の方などが、真宗の方法とは異なった方法、習俗や迷信に基づくしきたりなどを指導する場合がある。
そのような事態に直面した場合、教義を持ち出してあえて対立するよりは、「門徒物知らずですから」と自ら認めることによって、穏便にその場を納めて指導には従わないことがある。
そのように門徒自らが「門徒物知らず」という言葉を便利に使う場合もある。
浄土真宗と他宗派との差異
この節では浄土真宗と他宗派との差異について記述する。
但し、本稿の記載においては真宗各派の中でも多数派である本願寺派・大谷派の作法などを基準として記載されていることに留意されたい。
また浄土真宗としては、他宗の作法・教義に対して、批判する意思はない。
『御文(御文章)』の第二帖第三通で、門徒に向け以下の三箇条守る旨を説き誡められ、禁止されている。
1 諸法・諸宗ともにこれを誹謗すべからず。
2 諸神・諸仏・菩薩をかろしむべからず。
3 信心をとらしめて報土往生をとぐべき事。
『御文(御文章)』には、たびたび門徒へ誡めの言葉があり、その当時から門徒と他宗の信徒との間で教義の差異についての相違が問題になっていたと考えられる。
葬式
友引でも葬式を実施しても問題ではないとされる。
浄土真宗としての解釈は六曜はそもそも中国の習俗で、仏教とは一切関係の無い暦注である上に、日本に入ってから解釈が変わったものであるとする。
友引も本来は「ともに引く」という意味合いで勝負事で引き分けになると考えられていたものであり、吉凶問わず「友人を引き連れる」という意味ではないとする。
他宗の解釈では、いわゆる験を担ぎ一般には友引には葬儀を行わないが、浄土真宗の考えでは葬儀を問題なく行いうる。
ただし多くの斎場・火葬場は友引に休業する事が多いため、浄土真宗でも友引に葬式を行う例は少ない(実務上、告別式を行えない)。
守り刀・逆さ屏風・左前の死装束・六文銭の副葬・清め塩などの習俗も、原則として行わない。
(清め塩に関しては、他宗のなかにも仏教の主旨から外れるので不必要だとする意見がある。)
ただし、遺族がその様な習俗を望む場合、心情を踏まえて拒否しない僧侶も存在する。
北枕に関しては、釈尊が入滅された時の「頭面北西」に倣っての事である。
お内佛の位置関係上無理な場合は、北枕に拘らない。
香典
他宗においては香典の表書きは、四十九日以前は死者が未だ成仏していないため、通夜・葬儀・告別式、四十九日法要前弔問して仏前に供える場合は「御霊前」、四十九日以降の法要に供える場合は「御佛前」として表書きをするのが通例である。
しかし浄土真宗においては、阿弥陀如来に帰依して(他力本願)亡くなった者は速やかに極楽浄土(阿弥陀如来の仏国土)に往き仏として生まれる(往生即成仏)とされている。
その為、死者が霊として存在するとする考えは否定されている。
この結果、浄土真宗においては、祟りという概念は否定されている。
結果、供物する対象が死者(霊)にではなく、仏に向ける事となり、表書きを「御霊前」とはせずに、臨終の時より「御佛前」とする。
但し、他教・他宗信者及び無宗教者が、表書きを「御霊前」として供えても構わない。
表書きにこだわらない点も、門徒物知らずということになる。
また、表書きを「御香奠」「御香料」「御香儀」などと、宗旨を問わない(但し、仏式のみ)表現を用いる場合もある。
焼香
他宗においては、焼香は香盒より香をつまみ額の前に戴いてから香爐にくべるという動作を3回行う。
しかしながら、浄土真宗においては、香盒から香をつまみ、そのまま香爐にくべるという動作を1回か2回行う。
これは、他宗派においては、香を仏・法・僧の三者に供えると考えることに対し、浄土真宗では、仏の前に立つ者のマナーとして自分のにおいを清らかなものにするために香をたくと考えるためである。
焼香の回数は、浄土真宗本願寺派では一回、真宗大谷派では二回とされる。
また地域の檀家の慣習としても、回数が異なる場合がある。
他宗派の人たちが参列する場合、それぞれの宗派の方法で行っていいとされる。
戒名と法名
浄土真宗には、「戒律」が無いので、「戒名」は用いない。
仏教徒としての名告りとしての「法名 (浄土真宗)」を用いる。
中陰中の法要
他宗では、中陰(ちゅういん)が三ヶ月に跨る場合は、「四十九(日)が三月=始終苦が身に付く」との意味から、三十五日までとする風習に従う場合もある。
しかし、浄土真宗では、語呂合わせなどによる迷信を否定する為、三ヶ月に跨っても、七七日(なななのか)法要(四十九日)まで行う。
現実的に考えても、中陰が三ヶ月に跨る場合は、月の後半になくなった場合に当てはまり、半分以上にもなってしまう。
そうすれば四十九日そのものが意味のないことになる。
なお、浄土真宗の中陰中の法要は、近親者が亡くなる事によって、生死(しょうじ)の意味をより深く考え法にふれる為の法要である。
他宗の様に、成仏を願う為の法要ではない。
一般に中陰中の法要の重軽としては、七七日(尽七日・四十九日)法要は、所属寺・自宅のお内佛にて行い、最も重いとされる。
初七日・初月忌・五七日は、所属寺に赴くか、僧侶を招くのが良いとされる。
ニ七日・三七日・四七日・六七日は、僧侶を招くのが一番よいが、親族のみお内佛の前で、お勤めをしても良い。
また最近では、火葬(灰葬・還葬)の後に、初七日法要を繰り上げて勤める事が多くなった。
ただし、地域の習慣によっては、中陰中の法要を四十九日(七七日)まで行なわず、五七日(いつなのか)(三十五日)で終える場合もある。
「初七日」を「一七日(いちなのか)」「一日七日(いっかなのか)」などと呼ぶ地域もある。
位牌
他宗においては位牌に戒名を書き、位牌が増えすぎた場合などに整理して過去帳に戒名をうつす。
しかしながら、浄土真宗において位牌を使用するのは、七七日法要(四十九日法要・満中陰法要)までの間に使用する白木の位牌のみであり、これに法名を記載する。
白木の位牌も、便宜上用いられているだけで、意味としては法名札の意味でしかない。
浄土真宗では、位牌に魂が宿っているとの考え方はしない。
四十九日法要までに、白木位牌から法名軸(本尊の掛軸よりひと回り小さな白無地の掛軸) や、過去帳と呼ばれる小さな折本に法名を転記し、以後はそれらを用いる。
浄土真宗における礼拝の対象は、阿弥陀仏のみという教義の為、法名軸・過去帳を礼拝の対象とはしない。
(本願寺派は、法名軸を用いずに、過去帳のみ用いる事が多い)
但し地域によっては「繰り出し位牌」を用いる場合もある(中国地方の本願寺派など)。
また高田派は、位牌を用いる。
他宗では、満中陰または百箇日法要において白木位牌から本位牌へ霊を移す儀式を行い、その後に白木位牌を炊き上げることになる。
しかしながら浄土真宗では、霊が宿るなど位牌に特別な意味がないので、そのような儀式は行わない。
(従って、他宗にとっては、浄土真宗は霊の宿る白木位牌をそのまま炊き上げてしまう、と映ることになる。
布施
他宗、殊に禅宗各派においては布施とは修行を積むことに代わる信仰心の表現であるため多額の布施(読経料・戒名料など)を行うことを要求される。
檀家内におけるその家の格付けにもよるが、葬儀などの場合数十万から100万円を超える布施を要求されることも珍しくない。
浄土真宗においては念仏を唱えることが信仰の表現であり、葬儀などの際の御布施は、仏法を聞く(聞法)の道場である寺を維持する為の財施である。
僧侶が葬儀などの法要で唱える、経・偈文は法施であるので、建前上は無料である。
(法名料、読経料という考えは無い)
しかし現実問題として、葬儀の御布施が寺の最大の収入源であり、それが無ければ寺は維持できない。
葬儀の際の布施は、葬儀の規模にもよるが数万円~数十万円程度であるが多い。
年間の冥加金も、所属寺・本山に各数千円程度のを支払えばよいことが多い。
仏壇
浄土真宗において仏壇は、金仏壇を奨励する。
(但し、唐木仏壇・現代型仏壇などを、用いても問題は無い)
また仏壇の造りや仏具に関して、他宗より詳細な規定がある。
特に本願寺派・大谷派は、厳密である。
現代的に表現すると仏壇は、本山のミニコピーという位置づけであるため、各派本山の本堂内陣を模して荘厳される。
本尊は、本山より取り寄せた掛軸(絵像) とされる。
「方便法身之尊形」との裏書と門主の署名、落款がある。
他宗においては掛軸より仏像が良いとされるが、浄土真宗では仏像よりも掛軸(絵像・名号)が良いとされる。
この事は、『蓮如上人御一代記聞書』に蓮如上人が以下のように述べたと伝えられる事を基にする。
「他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり」
念仏(信心)重視の真宗教団の性格が伺える。
仏壇などに、茶湯器に水や茶などを入れて供えることはしない。
浄土真宗では、水は華瓶(けびょう)という仏具に樒の枝葉を挿して、本尊前の上卓(うわじょく)の上、浄水(香水)として供える。
(小型の仏壇で、上卓が置けない場合や、三折本尊を荘厳する場合などは、省いて構わないとされる。)
花は、生花のみを立て、造花や常花を用いない。
お供えは、平時にはお仏供(お仏飯)のみを供える。
彼岸や盆などの行事の時は、供笥に小餅を盛って供える。
(本願寺派は、小餅の他に菓子・果物も供える。霊供膳は、用いない。)
頂き物や故人の好物などは、仏壇の外に供える。
礼拝の対象
浄土真宗の礼拝の対象は、阿弥陀如来のみである。
故人の位牌・写真は、仏壇の中には、入れない。
写真は、仏壇の真上を避け、横の長押などに故人を偲ぶ為に飾る。
また、他宗の御本尊(大日如来・釈迦牟尼如来など)であっても、「南無阿弥陀仏」と称え合掌する。
その理由は、『無量寿経仏説無量寿経』に阿弥陀如来の願(四十八願)は諸仏に認められていると説かれている事に依る。
ただし、他宗の者に不快な思いをさせないように、回りに聞こえないくらいの小声か、心の中で称えるにとどめておくのが礼儀とされている。
燃香
他宗においては、線香は香炉の中に一本ないし三本立てるものであるが、浄土真宗においては香炉に収まるように適当な長さに折り、香炉の中に寝かせて置く。
線香二本を二等分して、四本供えても問題ではない。
(四=死という、語呂合わせによる迷信を否定している。)
地域によっては、他宗の習慣同様に、線香を三等分になるように折る場合もある。
他宗が三等分して立てるのは仏・法・僧、あるいは現在・過去・未来を意味しているとされる。
他宗では、お線香を折ることは、縁起が悪いとすることもある。
線香を折ることで燃焼時間が短縮され、火災発生のリスクを低減できる。
また、線香を灰に立てずに寝かすので、線香が燃え尽き灰の中に燃えカスが残らない。
不用意に線香を折ってしまっ場合でも、無駄にならない。
合理性を重んずる浄土真宗らしい習慣といえる。
墓地
浄土真宗における墓地は、遺骨を収める納骨所である。
墓参りの意義は、阿弥陀如来に救済された故人を偲び、自分もまたその救済を受けられる身である事に感謝する、仏縁の場である。
墓石には「南無阿弥陀仏」もしくは「具会一処」の文字を記するのが本来である。
もし、○○家とのみ記されている場合は、三折本尊などの礼拝の対象を持参して、合掌礼拝・称名念仏すべきものである。
他宗と同じように「○○家」とのみ記する事も多い。
墓の形によって人生の幸不幸が決まるという墓相などは根拠のない迷信として否定するので吉相墓の建立を禁止している。
さらに、墓石に特別な意味を持たせることもないので、五輪塔の建立はしないように指導し、墓の向きにもこだわらない。
追善供養の概念が無い為、卒塔婆を立てる事はしない。
浄土真宗の門徒は、家の墓に納骨するのとは別に、遺骨の一部を親鸞聖人の墓所である京都の西大谷や東大谷に、分骨して納めることがある。
同じ場所に納めることになるので、納骨した遺骨は取り出すことはできない。
門徒は伝統的に遺骨や墓にこだわったり執着することが少なく、近江・北陸・東海などの門徒地域には、すべての遺骨を親鸞聖人の墓所に納骨してしまい、家の墓を持たないところもある。
祟り
浄土真宗においては、「死者の祟り」という概念は無い。
これは、この世で死者となった瞬間に仏として極楽浄土に生まれる(往生即成仏)とされているため、霊魂として現世でさまよう様なことはないと考えるためである。
追善供養
浄土真宗における先祖の供養は、日常は朝夕に阿弥陀如来に対し合掌礼拝・称名念仏し、教えを説いてくだっさた宗祖親鸞聖人・七高僧などへの報恩謝徳の勤行をする。
所属寺などの法要には、可能な限り参加して聞法に励む事としている。
亡き人は、他力(阿弥陀如来の力)によりすでに成仏し、追善供養は不要との考えによる。
これに対して、他宗の信者からすれば、一般的な追善供養(盂蘭盆会の施餓鬼など)を門徒は知らないということになる。
永代供養
浄土真宗には、「永代供養」という概念はない。
永代経というという概念はあるが、供養のために経が読まれるのではなく、永代にお経が読み続けられ、寺が存続し、教えが伝わっていくという意味での永代経である。
浄土真宗における「永代経」は、故人の祥月命日や、春・秋の彼岸会に行われる先祖に対する報恩の読経である。
あくまでも、今生きている者が、法にふれる機縁である。
お守り・お札
浄土真宗の門徒は、お守りやお札を持たない。
理由は、迷信に囚われないで、現実と向き合って生きるという教義の為。
本願寺派の懐中名号は、本来戦時(太平洋戦争)中に出征する兵士に持たせた物の名残である。
三折本尊の意義とは異なり、お守りと同じだとの考えが同派内の僧侶にあり、廃止すべき物との考えがある。
(反対に、いつでも礼拝の対象を持ち歩く事は、良い事であると考える本願寺派僧侶もいる。)
ちなみに大谷派には、懐中名号は無い。
物忌み
浄土真宗は、死を穢れととらえることはないので、物忌みをすることはない。
葬儀に清め塩を用いないのもその理由からである。
蓮如上人は『御文(御文章)』の第一帖の第九通に「つぎに、物忌(ぶっき)ということは、わが流には仏法についてものいまわぬといえることなり。」と言われ、浄土真宗が物忌みをしないことを示される。
しかし、蓮如上人は続けて、次のように述べ、自分が物を忌まなくとも、他宗の人を(物を忌むからといって)馬鹿にしたり非難したりしてはいけないと誡めている。
「他宗にも公方にも対しては、などか物をいまざらんや。他宗他門に向かいては、もとよりいむべきこと勿論なり。また、よそのひとの物いむといいてそしることあるべからず。」
つまり門徒に、他宗の慣習を否定する事を禁じている。
また、物を忌まわぬ根拠として『涅槃経』や『般舟経』の一文をあげ、念仏者だけでなく仏教徒は吉日を選んだりしないことが経典を根拠に示されている。
このように、真宗門徒としては仏教の教えに従っていると考える一方で、他宗派の人にとっては物知らずだということになり、軋轢が生まれることもある。
般若心経
浄土真宗は、仏教各宗派で一般的に用いられる『般若心経』は、自力の行によって自らが覚る教えが説かれるため、阿弥陀仏の本願によって救われる浄土真宗の教えとは相違するので用いない。
御朱印
他宗では、霊場などを詣でた記念に御朱印を朱印帳などに捺印し収集する場合がある。
しかし浄土真宗の教義としては、数多くの寺に詣でる事が大切では無いとの考えを持つ為、朱印をしない事になっている。
ただし、いろいろな寺院を詣でる事を禁じている訳ではない。
寺院を詣でる事は、朱印を数多く集める為では無く、数多くの法(教え)に出会うことが大事であるとの考えからである。
薄れゆく浄土真宗独自の教義
近年、核家族化や若者の都市部への流出により、浄土真宗の教えについて伝承できなくなりつつある。
特に東京を中心とする首都圏では、元々が浄土真宗の土地柄では無く、所属する寺が浄土真宗系であっても、儀礼・作法を他宗と混同している門徒が多い。
このことにより、多くの門徒の子孫達が、(阿弥陀如来による)他力本願の意味や、浄土真宗独特の儀礼・作法が途絶えつつある。
今や「門徒をも知らず」なのかも知れない。