山岳仏教 (Mountain Buddhism)
山岳仏教(さんがくぶっきょう)とは、天台宗開祖最澄(767年~822年)、真言宗開祖の空海(774年~835年)などにより政治と結びつきの強くなった奈良仏教の世俗化などに対する形で始められた山岳に行場を求めんとする修行者の仏教である。
修験道につながり日本古来の山岳信仰とも融合し平安時代に急速に発達した。
概要
日本に仏教が伝来したのは、欽明天皇の時代の538年であるとされるが、
平安時代(794年~1192年)に唐で修行を積み、本場の山岳宗教に触れ帰国した最澄や空海によって天台宗・真言宗が起こされ、比叡山、高野山などが開山される。
比叡山延暦寺は最澄によって788年(延暦7年)に、高野山金剛峯寺は空海により816年(弘仁7年)にそれぞれ開かれた。
それまでの政治色の強かった都市仏教への批判的意味合いも含み、鎮護国家を標榜しながらも密教的色彩を強め、国家とは一定の距離を置いた。
本来、日本は国土のほとんどを山に囲まれ、古来より山岳信仰が存在したため、こうした考えが受け入れやすい地盤があったと想定される。
また、世俗的な次元からは貴族などが修行僧の持つ験力に現世利益を期待したことなども山岳仏教の発達を後押しすることになったほか、天皇家など朝廷の庇護もあり、急速に一般化の道を歩む。
806年(延歴25年)には山岳仏教が都市仏教と並び正式に国家仏教の一つとなる。
現世利益的色彩の強い、陰陽道の色彩を濃厚に含んだ密教修法や法然の説く浄土宗なども発達。
さらに山岳修行に重点を置く修験道へとつながり、神仏習合思想が発生する。
また、一方で平安時代には教団は巨大化、純一化が進んだ。
山岳仏教の対象の山
高野山
比叡山
大峰山
大山
出羽三山
阿蘇山
冠岳
小金ヶ嶽
剣山
石鎚山