玄恵 (Gene)

玄恵(げんえ・げんね、生年不詳 - 正平 (日本)5年/観応元年3月2日 (旧暦)(1350年4月9日))は、南北朝時代 (日本)の天台宗の僧・儒学者。
号は独清軒・健叟。
玄慧とも。
虎関師錬の弟とも言われる。

天台教学を学び法印大僧都に就任したが、一方で儒学や漢詩文にも通じていた。
「太平記」によれば倒幕の密議の場で書を講じ、後醍醐天皇や公卿に宋学や古典を講じたとある。
また、建武の新政が崩壊した後には、足利氏に用いられ「建武式目」の起草に関与したともされるが、いずれも不明である。

また、寺子屋で習字や読本として使用された「庭訓往来」の作者という説が有力である。

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