日本神話 (Japanese Mythology)
日本神話(にほんしんわ)とは日本に伝わる神話のことである。
序説
現在、日本神話と呼ばれる伝承はそのほとんどが『古事記』、『日本書紀』および地方各国の『風土記』にみられる記述をもとにしている。
すなわち、高天原の神々を中心とする神話がその大半を占め、一方ではその出典となる文献は決して多くはない。
本来、日本各地にはそれぞれの形で何らかの信仰や伝承があったと思われ、その代表として出雲が登場する
しかし、ヤマト王権の支配が広がるにつれてそのいずれもが国津神(くにつかみ)または「奉ろわぬ神」という形に変えられて「高天原神話」の中に統合されるに至ったと考えられている。
また、後世までヤマト王権などの日本の中央権力の支配を受けなかったアイヌや琉球にはそれぞれ独自色の強い神話が存在する。
中世に入ると、『太平記』などの軍記物、歌学書やその注釈、寺社縁起などにおいて『日本書紀』にもとづきながらその内容に大きな差異が認められる、いわゆる中世神話(中世日本紀)が発達した。
中世神話のなかでは本地垂迹説にもとづいて記紀の神々が仏教の尊格と同一視されたり、あるいは対等に渡り合っている。
記紀にはみられない神格やアイテムが登場したり、地方神話、民間伝承や芸能から取り込まれた要素が神話の中に混ざりこんでいたりすることもある。
記紀神話とは異なり最後まで正統的な文献が存在しなかったため、豊富なバリエーションが多く残されている。
中世神話は現在ではおもに国文学方面で研究がおこなわれており、神話学などではあまりあつかわれていない。
近世になると、伊勢国出身の本居宣長が、古事記に対して本格的解明を目指し名著『古事記伝』を書き上げ、『日本書紀』優位の神話が一変して、『古事記』優位の神話が主体となり、現在にいたっている。
また、少数派ではあるものの、キリシタンや幕末の新興宗教の教説にも日本独自の神話がみられる。
以上を踏まえた上で、この記事においては『古事記』、『日本書紀』などにより語られる「高天原神話」(記紀神話)に絞り、日本神話として解説を加えていくことにする。
なお、「高天原神話」に登場するおもな神々はヤマト王権ひいては現在の天皇家の祖先に当たると記述されている。
これは、ヤマト王権の拡大にともない、各地方土着の神に対する崇敬を天皇に対するものに転化させ、初穂献上としての租税の徴収を容易にするためと推察されているが、そのため、時代により当時の権力者に都合の良い解釈がなされたり改変が加えられたりした経緯がある。
例えば、記紀の編纂自体に同時代の天武天皇・持統天皇朝の影響や朝廷・藤原氏などの恣意が加わった可能性が指摘されている。
東京裁判後、明治以降太平洋戦争以前の日本においては国民に対し国家の正統性を喧伝するプロパガンダとして国家権力によっても利用されたとされている(皇国史観)。
現在は、風土、風俗などの民俗学、考古学にもとづく研究などがおもにされている。
また、日本神話の原形となったと思われる逸話や、日本神話と類似点を持つ神話はギリシャ神話など世界中に多数存在する。
日本における古墳期-奈良期にかけての国の勢力関係をも知る上での参考資料ともなっている。
その上でここでは、あくまでも神話として、或いは民俗学・考古学上の観点から、「高天原神話」について述べることにしたい。
あらすじ
この記事では、日本神話のあらすじを述べるにとどめ、各神話の詳細は、別記事に譲る。
世界の始まり
世界の最初に高天原で、別天津神・神世七代という神々が生まれた。
これらの神々の最後に生まれてきたのがイザナギ・イザナミである。
イザナギとイザナミ
イザナギ・イザナミは葦原中国に降り、結婚して大八洲と呼ばれる日本列島を形成する島々を次々と生み出していった。
さらに、さまざまな神々を生み出していったが、火の神カグツチを出産した際にイザナミはカグツチの火にホト(性器)を焼かれたのがもとで病となり死んでしまい、出雲と伯耆の境の比婆の山(現;島根県安来市)に埋葬された。
イザナギはカグツチを殺し、イザナミをさがしに黄泉の国へと赴く。
しかし、黄泉の国のイザナミは既に変わり果てた姿になっていた。
これにおののいたイザナギは逃げた。
イザナギは黄泉のケガレを嫌って禊をした。
この時もさまざまな神々が生まれた。
左目を洗ったときに生まれた神が天照大神(日の神、高天原を支配)・右目を洗ったときにツクヨミ(月の神、夜を支配)・鼻を洗ったときにスサノオ(海原を支配)が成り、この三柱の神は三貴子と呼ばれ、イザナギによって世界の支配を命じられた。
アマテラスとスサノオ
スサノオはイザナミのいる根の国へ行きたいと泣き叫び、天地に甚大な被害を与えた。
そして、アマテラスの治める高天原へと登っていく。
アマテラスはスサノオが高天原を奪いに来たのかと勘違いし、弓矢を携えてスサノオを迎えた。
スサノオはアマテラスの疑いを解くために各の身につけている物などで子(神)を産み、その性別によりスサノオは身の潔白を証明した。
これによりアマテラスはスサノオを許したが、スサノオが高天原で乱暴を働いたためアマテラスは天岩戸に隠れた。
日の神であるアマテラスが隠れてしまったために太陽が出なくなってしまい神々は困った。
そこで、計略でアマテラスを天岩戸から出した。
スサノオは下界に追放された。
出雲神話
スサノオは出雲国に降り立った。
そして、害獣であるヤマタノオロチ(八俣遠呂智)を切り殺し、クシナダヒメと結婚する。
スサノオの子孫である大国主はスセリビメと結婚し、スクナビコナと葦原中国の国づくりを始めた。
出雲神話とはいうものの、これらの説話は『出雲国風土記』には収録されていない。
ただし、神名は共通するものが登場する。
葦原中津国平定
アマテラスら高天原にいた神々(天津神)は、葦原中国を統治するべきなのは天津神、とりわけアマテラスの子孫だとした。
そのため、何人かの神を出雲に使わした。
大国主の子である事代主・タケミナカタが天津神に降ると大国主も大国主のための宮殿建設と引き換えに、天津神に国を譲ることを約束する。
この宮殿は後の出雲大社である。
アマテラスの孫であるニニギが葦原中国平定を受けて日向国に降臨した。
ニニギはコノハナノサクヤビメと結婚した。
山幸彦と海幸彦
ニニギの子であるホデリ・ホオリは山幸彦が海幸彦の釣り針をなくしたことでけんかになった。
山幸彦は海神の宮殿に赴き、釣り針をみつけ、釣り針を返した。
山幸彦は海神の娘と結婚しウガヤフキアエズという子をなした。
ウガヤフキアエズの子がカムヤマトイワレヒコ(またはカンヤマトイワレヒコ。後の神武天皇)である。
神武天皇
カムヤマトイワレヒコは兄たちと謀って大和を支配しようともくろむ。
ヤマトの先住者たちは果敢に抵抗し、カムヤマトイワレヒコも苦戦するが、結局、天孫のカムヤマトイワレヒコの敵ではなかった。
カムヤマトイワレヒコは畝傍橿原宮の山麓で即位する。
これが初代天皇である神武天皇である。
神武天皇の死後、神武天皇が日向にいたときの子であるタギシミミが反乱を起こす。
綏靖天皇がそれを破り、皇位を継ぐ。
欠史八代
カムヌナカワミミは綏靖天皇となるが、綏靖天皇以下の8代の天皇の事跡は伝わっていない。
神話研究
江戸時代までは官選の正史として記述された『日本書紀』の方が重要視され、『古事記』はあまり重視されていなかった。
江戸中期以降、本居宣長の『古事記伝』など国学の発展によって、『日本書紀』よりも古く、かつ漢文だけでなく日本の言葉も混ぜて書かれた『古事記』の方が重視されるようになり、現在に至っている。
明治以降は皇国史観によって日本神話の記述が神聖視され、神話研究はそれ以前よりも後退することとなった。
大正時代に津田左右吉が『神代史の新しい研究』ほかを発表し、日本神話に科学的な観点から批評をおこない、神代記は政治的な意図で作られた創作であると結論づけた。
第二次世界大戦前は不敬罪として弾圧されたが、戦後になって注目され、しばらくの間、津田の説が日本神話研究の中心となった。
現在では津田説が細部まで正しいとは必ずしも考えられてはいないが、日本神話を考古学などの証拠なく弥生・古墳時代の史的事実の反映と考える説は基本的に退けられている。
今日では意図的な改変や創作がかなり加えられてはいるが、そのようなものの見方をする古代の人たちがいたことに注目する文化的背景を考察する考え方が主流となっている。
比較神話
日本神話の中には他の神話との関連性を指摘されているものが多く存在する。
ギリシャ神話におけるオルフェウスの黄泉の国行きと伊弉諾尊の黄泉の国行き、デメテルと天照大神が隠れると草花が枯れるなど多くの類似点がみられるといわれている(→死と再生の神)。
アポロンのカラスと八咫烏、中国の金烏は何れも太陽神の使い、元は白い、星図によっては烏座が3本足のものもあるなど類似性を指摘されている(3本足のカラスについては一説には太陽黒点の図形が起源ともいわれている)。
アレクサンドロス3世の説話と神武天皇の遠征と類似しているという説もある。
イザナギとイザナミは兄妹であるが、人類の始祖たる男女が兄妹であったとする神話は南アジアからポリネシアにかけて広くみられる。
イザナミは「最初の死人」となり「死の国を支配する神」となったが、「最初の死人」が「死の国を支配する神」となる話は古代エジプトのオシリスやインドのヤマなどにみられる。
イザナギが黄泉の国から帰ってきたときに筑紫の日向にておこなった禊のときに左目を洗うとアマテラス(太陽)が、右目を洗うとツキヨミ(月)が誕生したという話の類似例としては、中国神話において創造神たる盤古の死体のうち左目が太陽に、右目が月に化生したとされる話が見られる。
因幡の白兎が海を渡るのにサメを騙して利用する話があるが、動物が違えど似た内容の昔話が南方の島にある。