三人吉三廓初買 (Sannin Kichisa Kuruwa no Hatsugai (a title of Japanese Kabuki))
三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)は、幕末期の河竹黙阿弥作の歌舞伎。
世話物。
七幕。
上演構成により「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」とも称される。
通称は「三人吉三」。
初演は安政7年(1860年)正月、江戸の市村座において興行された。
概要とあらすじ
お嬢吉三、和尚吉三、お坊吉三の3人の盗賊が、百両の金と短刀「庚申丸」をめぐる因果応報で差し違えて死ぬまでを描いた白浪物である。
「大川端庚申塚の場」が特に有名である。
大川端で「おとせ」という娼婦から小判百両を奪ったお嬢吉三、それに対し、その金をよこせと横車を張るお坊吉三、立ち回りをはじめた2人に割って入った和尚吉三の3人が意気投合する。
『三国志演義』の「桃園の誓い」の故事にちなみ、梅の下で義兄弟の契りを結んだところから話がはじまる。
「大川端庚申塚の場」におけるお嬢吉三の「月も朧(おぼろ)に白魚の、かがりも霞む春の空…こいつあ春から延喜(えんぎ)がいいわえ」の七五調の長い台詞が有名である。
『八百屋お七』に登場する八百屋お七、巣鴨の吉祥院の所化弁長、吉三郎の3人を泥棒に仕立ててドラマ化が図られている。
百両と名刀「庚申丸」の所在が転々とするうちに、3人の吉三をめぐってそれまで隠されていた複雑な人間関係が徐々に明らかになっていく。
補説
河竹黙阿弥と当時名優といわれた市川小團次 (4代目)の名コンビで書き下ろされた。
小團次自身は市村座の初演で和尚吉三と文里を演じている。
だが、文里と吉原の遊女一重との悲恋を主題とする筋は初演後は省略されることが多く、今日ほとんど上演されない。
この場合、「三人吉三巴白浪」と称される。
初演は隣の座の中村芝翫 (4代目)(当時は中村福助)の人気に食われ、興行としてはあまり当たらなかったという。
しかし、黙阿弥にとっては会心作であり、みずからの代表作と考えていたといわれる。
本作には、初演された年の干支干支による紀年が60年に一度巡ってくる庚申(こうしん、かのえさる)であることから、3人の盗賊を、「見ざる」「言わざる」「聞かざる」の三猿(庚申の仏、青面金剛に従う猿)にたとえ、セリフのなかに「庚申の夜の話草」があるなど、江戸時代の民間信仰の影響が見られる。
黙阿弥は旧作の『網模様燈籠菊桐』(通称「小猿七之助」)の登場人物であるお坊吉三にあと2人の吉三を絡ませ、さらに八百屋お七の狂言をパロディ化している。
また、お嬢吉三は「女装の美少年」という設定で、黙阿弥作品では「都鳥廓白波」(『都鳥廓白波』)の花子、「青砥稿花紅彩画」(『青砥稿花紅彩画』)の弁天小僧などでも用いられた重要なモチーフである。
特に本作では、お嬢とお坊とが恋仲に陥るという倒錯した設定となっており、幕末の爛熟した世相を物語っている。
和尚の妹おとせには十三郎という恋人がいるが、実は2人は幼い時に生き別れた双生児の兄妹であったというエピソードがある。
江戸歌舞伎では近親相姦を「畜生道」という名でしばしば取り上げている。
『四谷怪談』や「与話情浮名横櫛」(『与話情浮名横櫛』)などでも題材化されている。
本作では、2人の関係を知った和尚と父の伝吉の苦悩、おぞましい事実を知らずに来世での幸福を夢見て和尚の刃に果てる2人の悲劇を絡ませて、劇の内容に深みを持たせている。
このように本作は、百両の金と刀そして運命に翻弄される人々を描き、単なる白浪物に終わらない人間ドラマとして評価されている。
お嬢吉三は、真面目な芸風で伸び悩んでいた岩井半四郎 (8代目)(当時は三代目岩井粂三郎)を売り出すため、黙阿弥が苦心して創造した。
このとき半四郎が得意としていた八百屋お七を基本として旅役者崩れの女装盗賊とした。
舞台演劇としては、三者三様のいでたちで盗賊として活躍するさまが、高い視覚的効果をあげていると評価される。
なお、翻案された映画作品に全勝キネマ製作の『唄祭三人吉三』(1939年)、『快盗三人吉三』(1954年)、市川雷蔵 (8代目)主演の『お嬢吉三』(1959年)、美空ひばり主演の『ひばりのお嬢吉三』(1960年)、演劇には明治座による「三人吉三-江戸青春-」(2003年)、漫画に山田南平『まなびや三人吉三』(2004年-2006年)などがある。
初演時の配役
和尚吉三、木屋文里…市川小團次 (4代目)
八百屋お七実はお嬢吉三、丁字屋一重…三代目岩井粂三郎(のちの岩井半四郎 (8代目))
お坊吉三…初代河原崎権十郎(のちの市川團十郎 (9代目))
土左衛門爺伝吉、丁字屋長兵衛…関三十郎 (4代目)
木屋手代十三郎…十二代目市村羽左衛門(のちの尾上菊五郎 (5代目))
おとせ、丁字屋吉野…中村歌女之丞
丁字屋九重、文里女房おしず…吾妻市之丞
弥作、八百屋久兵衛…市川米十郎(のちの市川鰕十郎 (5代目))
海老名軍蔵、釜屋武兵衛…市川白猿
紅屋与吉…関花助
「三人吉三」の演じ方
お嬢吉三
「弁天小憎とならないようにということを、何よりも第一に気をつけなければならない。」(中村勘三郎 (17代目)
「女方の心得ではあっても男役らしく」(尾上梅幸 (7代目))
お坊吉三
「…道楽者の悪徒でも、何処かデレリとしたお坊ちゃんじみた処のある役で…」(中村吉右衛門 (初代))
和尚吉三
「…年長でもあり、キャリアも他の二人より上なので、…一種の親分肌の頼もしさがなければならず、そうした貫録とでもいったものが第一でしょう。
…この役の場合、義理人情も二人の盟友の上に立つ責任みたいのなものから発している、そこのところが肝腎なので、それを忘れないように、と思っています。」(尾上松緑 (2代目))