北条九代名家功 (Hojo Kudai Meika no Isaoshi)
北条九代名家功（ほうじょうくだい めいかのいさおし）は歌舞伎狂言の外題。
作者は河竹黙阿弥。
1884年（明治17年）11月東京中村座で初演。
時代物。
新歌舞伎十八番の一つ。
概説とあらすじ
『太平記』の世界に取材、上・中・下の全3幕の構成からなる。
第1幕（上の巻）の北条高時の件が好評だったので現在ではもっぱらこの幕のみ上演される。
旧来の歌舞伎の近代化を図る知識人のグループ「求古会」の要請により、演劇改良運動の一環として書かれた。
当時盛んに作られた写実的な時代物『活歴物』の代表作である。
執権北条高時は酒色と闘犬や田楽に興じ堕落した日々を送っている。
折しも浪人の安達三郎が自らの母を襲った高時の愛犬を打ち殺したと聞き激怒。
安達を殺せと命じる。
しかし、家臣の大仏陸奥守や秋田城之介入道らに「今日は先祖北条義時公の御命日なので無益な殺生はお止しくだされ。」と諌められしぶしぶ助命する。
高時が愛人衣笠と飲みなおしをしていると妖雲がたなびき突風が吹く。
周りの者がみんな逃げて一人残った高時の前に数名の田楽法師が現れる。
これこそ高時を嬲りにきた烏天狗であった。
そうとも知らぬ高時は田楽舞を御教授下されと一緒に踊りだす。
「天王寺の猩猩星を見ずや」という不吉な歌が歌われる。
天狗たちに弄ばれ散々な目にあった高時は気絶する。
変事を聞いて駆け付けた大仏、秋田らによって介抱され自分がだまされたと気づく。
と、天空より天狗の嘲笑、怒った高時は薙刀を手に空をにらみつけるのであった。
その他
多くの『活歴物』が断絶している中で、『高時』のみ現代に生き残っている。
これは、昔も今も変わらぬ権力者の愚かさというテーマ、単純明快な筋と天狗舞の面白さ、「北条九代綿綿たる」などの名セリフなどが観客に受けるからである。
幕明きに高時が横を向いて座っているという当時としては斬新な演出は初演時の市川團十郎 (9代目) の工夫によるものである。
また権力者の愚かさを諷しているのもこの狂言の特色である。
小山内薫は「睨んでも始まらない天を睨むのがいかにも高時らしい。」と評している。
団十郎はもう一人の主人公新田義貞に力を入れ、学者に義貞の甲冑を研究させて復元したり、稲村ヶ崎での太刀流しの絵を描かせて贔屓に配布した。
演じてみると義貞は全く不評であった。
初演時は天狗舞以外は不評であった。
仮名垣魯文が風刺した漫画（河鍋暁斎筆）を「歌舞伎新報」に掲載させて批判し問題となった。
「・・・それは高時の天狗舞の図で、一見しては別に仔細もないようである。」
「高時が団十郎の似顔にかかれてあるは勿論、それをひき廻している天狗どもが、すべて求古会員に擬えてあるというのであった。」
「天狗の数も会員と同数で、かの絵探しと同じように、その天狗の顔と翼をたどっていくと、会員の苗字がことごとく平仮名で現れるということを誰かが発見した。」
「つまり団十郎が求古会員に翻弄されているという」諷刺であるというので、本人の団十郎がまず怒った。」
「求古会員もこれは怪しからんと言い出した。」
「詮議の結果、それは狂言作者の一人で『歌舞伎新報』の編集者たる久保田彦作の仕業に相違ないと決められて、久保田氏が批判の矢面に立つことになった。」
「・・・・同氏から鹿爪らしい謝罪状を提出して事済みになったそうである。」（岡本綺堂『明治劇談・ランプの下にて』岩波文庫1993年）
初演時の配役
北条高時・新田義貞・・・・・九代目市川団十郎
愛妾 衣笠・・・・・・・・・四代目中村福助（のち中村歌右衛門 (5代目)）
大仏陸奥守・・・・・・・・・市川権十郎