天狗 (Tengu)

天狗(てんぐ)は、日本の伝説の生物一覧。
一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。
俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。

また後白河天皇の異名でもあった。

中国由来

元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子が狗(いぬ)に似ていることから、天の狗、すなわち天狗と呼ばれた。
また、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。
その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。
その声は榴榴の様。
凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマにも例えられた。

なお仏教では、経論律の三蔵には、本来、天狗という言葉はない。
しかし、『正法念経』19には「一切身分光燄騰赫。
見此相者皆言憂流迦下。
魏言天狗下」とあり、これは古代インドのサンスクリット語のUlkā(漢訳音写:憂流迦)という彗星の名を、天狗と翻訳したものである。

日本において天狗の言葉が初めて見られるのは『日本書紀』で、634年、怪音をたてて空を飛来するもの(かなり地表まで落下した流星か)を唐から来た人が、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と呼んだという記載がある。
奈良~平安時代初期における天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、やはり彗星あるいは流星を指したと考えられる。

付会と俗信

空海や円珍などにより密教が日本に伝えられると、後にこれが胎蔵界曼荼羅に配置される星辰・星宿信仰と付会(ふかい)され、また奈良時代から役行者より行われていた山岳信仰とも相まっていった。
そして鎌倉時代になると、修験道の山伏(山伏)をも天狗と呼ぶようになった。
これは、その風体や修行法が独特であることから、既成の宗派から軽蔑されて呼んだものである。
山伏は名利を得んとする傲慢で我見の強い者として、死後に転生し、魔界の一種として天狗道が、一部に想定されて解釈された。
一方民間では、平地民が山地を異界として畏怖し、そこで起きる怪異な現象を天狗のイメージに付託した。
ここから天狗を山の神と見なす傾向が生まれ、各種天狗の像を目して狗賓(ぐひん)、山人、山の神などと称する地域が現在でも存在する。

したがって、今日、一般的に伝えられる、鼻が高く(長く)赤ら顔、山伏の装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は、中世以降に解釈されるようになったもので、本来まったく性質の異なったものが習合された俗信であるとされる。

事実、当時の天狗の形状姿は一定せず、多くは僧侶形で、時として童子姿や鬼形をとることもあった。
また、空中を飛翔することから、鳶(とび)のイメージで捉えられることも多かった。
さらに尼の転生した者を「尼天狗」と呼称することもあった。
平安末期成立の『今昔物語集』には、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ魔物など、これらの天狗の説話が多く記載された。
これは1296年(永仁4年)に『天狗草子』として描写作成された。
ここには当時の興福寺や東大寺など7大寺の僧侶が堕落した姿相が風刺として描かれている。
これら天狗の容姿は、室町時代に成立したとされる『御伽草子・天狗の内裏』の、鞍馬寺の護法魔王尊あるいは鞍馬天狗などが、その初期の原型であり、おそらく室町時代初期以降に変化したものと考えられている。

『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、験力を誇示する天台僧らに、仏教の超越性を証明する為の標的とされ、『是害坊絵巻』を始めとする書物に、天台の僧に戦いを挑み、無残に敗退する天狗の物語が伝えられるようになる。
また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峯神宮」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。

天狗は、慢心の権化とされ、鼻が高いのはその象徴である。
これから転じて「天狗になる」と言えば自慢が高じている様を表す。
彼等は総じて教えたがり魔である。
中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいる為地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無間(むげん)地獄と想定、解釈された。

天狗の種類

前述のように、天狗が成立した背景には複数の流れがあるため、その種類や姿もさまざまである。
一般的な姿は修験者の様相で、その顔は赤く、鼻が高い。
翼があり空中を飛翔するとされる。
このうち、鼻の高いのを「大天狗」、鼻先が尖ったのは「小天狗」あるいは「烏天狗」という。

種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と解釈される場合もある。

またその伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。
姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、イロリにばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。
弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。
静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木の葉天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。
また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。
有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。
尼がなった「女天狗」や、狼の姿をした狗賓という天狗もいた。

神としての天狗

神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊(鞍馬天狗)、比良山の次郎坊の他、比叡山法性坊、英彦山豊前坊、富士山太郎坊、白峰山相模坊、等が知られる。
滋賀県高島市では「グヒンサン」と言い、大空を飛び、祭見物をしたという。
高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。
鹿児島県奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、二千人を山に、二千人を海に帰したと言う。
愛媛県石鎚山では、六歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。
子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。

山神としての天狗

天狗はしばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。
怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鷲として描かれるのはこのためである。
また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。
現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。
山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山の神秘観山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。

山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。
鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。
その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くと更に大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。
金沢市の繁華街尾張町では、宝暦五年(1755)に『天狗つぶて』が見られたという。
静岡県の小笠山では夏に山中から囃子の音が聞こえる怪異「天狗囃子」があり、小笠神社の天狗の仕業だという。
佐渡島(新潟県佐渡市)でも同様に「山神楽」(やまかぐら)といって、山中から神楽のような音が聞こえる怪異を天狗の仕業という。
岐阜県揖斐郡徳山村 (岐阜県)(現・揖斐川町)では「天狗太鼓」といって、山から太鼓のような音が聞こえると雨の降る前兆だという。

特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。
樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。
こうした木の周囲では、天狗の羽音が聞こえたり、風が唸ったりするという。
風が音をたてて唸るのは、天狗の声だと考えられた。
愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。
また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。
天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。

天狗に因む生物名

生物の和名として天狗が登場することがある。
動物についていえば鼻、または類似器官が突き出た外見に因むものが多い。

哺乳類 - テングザル、テングコウモリ

魚類 - テングハギ、ウミテング

昆虫類 - テングチョウ

植物 - テングクワガタ、ハリギリ

菌類 - テングタケ類

天狗を主題にした創作

大日本天狗党絵詞(黒田硫黄による漫画)

Tactics (漫画)(木下さくらと東山和子による漫画)

町でうわさの天狗の子(岩本ナオによる漫画)

[English Translation]