犬食い (Inugui (eating like a dog))

犬食い(いぬぐい)とは、日本の食文化の上で「犬のように食事を食べる」状態を指し、テーブル上にある食器に盛られた料理に、極端な前屈姿勢で顔(口)を突っ込まんばかりに近づけて食べること。
基本的に日本式の食事マナーに反するとみなされている。

日本では、食器を口元に上げ香りを楽しむことが一般的ではあるが、「皿や椀といった食器を手に持つ」という食文化のない・あるいはかえって無作法となる地域(韓国、北朝鮮)もある。
その延長で前屈姿勢で食べることもマナー違反ではない地域も少なくない(→犬食い犬食いと日本以外の食文化)。

概要

日本で1970年代から1980年代頃に給食で、食器に顔を近づけて見苦しい姿勢のまま食事する姿が社会問題としてマスメディアなどに取り上げられた。
この原因の一つとされたのが、給食で使われている「先割れスプーン」と呼ばれるスプーンとフォーク (食器)の機能を併せ持つ食器と、ランチプレートと呼ばれる幾つもの料理を盛り付けるために複数の窪みを持つ食器であった。

日本の食文化では、背筋を伸ばして食器を手に持って口に近づける食事姿勢を良しとするマナーがあるため、背を曲げて口を食器に近づける姿勢は忌避される。
また日本の食文化における食器体系では水気の多い料理に匙(または散蓮華)を使わないことから、この食べ方ではこぼしやすくなる。
そのため、椀を持って食べるようになっている。

先割れスプーンが学校給食に用いられだしたのがいつ頃からかは定かではないが、1950年代から1960年代よりプレス加工で大量生産の利くこの食器は、小学校などで供される給食に利用されていった。
これらは様々な料理が供される学校給食で、総合的に利用できる単一の食器として利用されたのである。

先割れスプーンが利用された当初の頃は、食器もアルマイトのプレス加工で椀や鉢・皿といったものが利用された。
そのため、和食では標準的な食事方法である「料理の入った食器を口元に持っていって、直接口の中に流し込む」という食べ方が可能であったため、先割れスプーンは「汁物がこぼれる」や「麺類は食べ難い」などの問題点もありながらも、さほど食事風景としては見苦しいものではなかった。
ただ、熱い汁物を満たしたアルマイトの椀は、熱が直接手に伝わるため手に持って口に運ぶのが困難となることがしばしばあって犬食いを誘発することがあり、その後の犬食い問題の萌芽はこの時点で生じていた。

さらに、1980年年代には給食における食器の後片付けの利便性という点で、複数の食器を使うよりも、ランチプレートにお子様ランチのように盛り付ける様式の方が簡便であるとして方々に採用され始めたことから、問題が深刻化した。
先割れスプーンは、多様化した給食のおかずを必ずしも突き刺して口に運ぶことができず、また汁物は先端の切れ目からこぼれ、麺類は絡めて口元に運べないことから、必然的に食器に盛られた料理に顔を突っ込まんばかりに近づけて食べるしかなくなった。

こうなると、イヌやネコが飼料の盛られた食器に顔を突っ込んで食べる様に良く似ていて見苦しい状態となってしまい、これがいわゆる「犬食い」として問題視されるようになってしまった。
また前屈姿勢で料理が視界に入らないことから料理をこぼす場合もあるため、これも「もったいない」として問題に挙げられた。

この中では、箸による食事を見直す動きもみられ、またランチプレートが耐熱性のある合成樹脂(メラミン樹脂やポリカーボネートなど)で、保護者の間に内分泌攪乱化学物質に対する漠然とした不安が広まるにつれ使用しないよう求められるなどしていったため、次第にこの問題は終息していった。

犬食いと日本以外の食文化

日本では、椀などを口元に運ぶが、日本を除くアジアやヨーロッパ地域の主要なマナー上では、食器を手に持つことこそを無作法とすることが多い。
そういう地域では、極端な前屈姿勢での食事も必ずしも無作法というわけではない場合も見られる。
これら皿などの食器を手に持たない文化圏では、日本人が不用意に食器を持って口元に近づけると、マナーに反することにもなるので注意が必要である。

必ずしも全ての椀や皿を食事の際に口元に運ばない食文化の上で、食器に顔を突っ込まんばかりに前屈する犬食い姿勢が推奨されているわけでもなく、皿などに口を直接つけることも避けられている。
ただ口元に料理を運ぶための専用の食器(スプーンやフォークなど)以外には口を付けない様式もあり、そのどちらでも取り皿のような特別な位置付けのもの以外は手に持たない。
勿論、コップのような飲料を入れた食器は別で、こちらは口元に運ばれる。

やや犬食いから話が逸れるが、日本に隣接する朝鮮の食文化では食器を持たずに匙で皿の上にすくい上げ、この匙に口(必然的に顔も)を近づけ食べることがマナーにかなったものとされる。
この際、幾分前屈姿勢になるほか料理の上に頭を持っていくことにもなるため、日本人の中にはその食べ方を嫌う・(大袈裟に)犬食いだと評する向きもある。
しかし、西欧人が日本の食事風景と朝鮮の食事風景の双方を見比べた場合に、日本式食事マナーの椀を手に持って口に近づけるほうが見苦しいとし、匙で口に運ぶ朝鮮式の食事マナーを気品あるものと賛美している例もある。

食器を手に持たない場合、匙を使って汁物を食べようとすると、どうしても匙から汁が滴ってしまう。
そのため、迂闊に匙を背筋を伸ばしたまま口元に運ぶと、胸元に料理がこぼれてしまいやすい。
その点で皿の上で口に収めてしまえば、胸元を汚す心配がないという理由に基づくと考えられる。

ちなみにアメリカ合衆国では、口から食べかけの料理がはみ出している状態が大変な無作法と考えられており、料理は一口ずつ口に運ぶものだという考えの延長で、皿の上でどんな料理でも細かく切り刻みスプーンですくう。
麺料理もその例外ではなく、スパゲティですら短く切り刻まれる。
日本のランチプレートを使う給食で問題と成った犬食いでは、麺類(例えばソフト麺)が先割れスプーンしかないため食べ難く、必然的に料理に鼻先を突っ込まざるを得ないという問題も持ち上がった。
が、アメリカ式で食べていれば、幾分は犬食い姿勢が解消できたのかもしれない。

日本における犬食い問題に関して

日本では、様々な地域の料理が供されてるにも関わらず、特定の地域の料理のみを供する飲食店(専門店)を除けば、やはり椀や丼などの食器を手に持つことが多く、一方で前屈姿勢で食べることは忌避されている。
家庭料理で洋食などを出す場合でも、やはり同様である。
このため犬食いを嫌い、避けられる傾向も見られる。

給食以外での動き

弁当では、依然として一つの食器に主食からおかず、場合によってはデザートまで収められているため、箸が上手につかえない児童などでは、やはり犬食いとなってしまいやすい。
ある程度、手が上手に使えるなら弁当箱を持って食事が出来るが、幼稚園や保育園などの幼児では上手に弁当箱を持てない場合もあるためである。

この問題に関して、フジッコは2006年10月より「犬食いにならないためのお弁当箱」として「おべんとう丸くん」という2段構造のランチボックスを発売している。
この弁当箱は、飯が下の半球状部分に収められ、家庭の食卓で使っているご飯茶碗(→茶碗)のような形をしており、おかずは上部円筒部に収められた部分から箸で取って食べるようになっている。

こういった食器に関する改良は多方面に見られ、先割れスプーンでも「より使いやすい形状」への変更も見られる。
一方、箸も児童向けなどに先端部に滑り止め加工の施された「児童箸」といったものも利用されている。

せざるをえない場合

このように、マナーなど教育の観点からは忌避される犬食いではあるが、麻痺や筋力の低下などといったリハビリテーション障害の医療モデルを抱えている者にとっては、犬食いにならざるを得ない場合もある。
こういった事情はクオリティ・オブ・ライフにも絡み、当人が羞恥心と感じて萎縮してしまったり、あるいは周囲からあらぬ非難を被るといった問題は解決されるべきだと考えられる。

こういった問題において、例えば箸は軽度の意識障害や指先の運動機能障害がある場合に大変扱い難い食器となってしまうわけだが、ここで先割れスプーン(特に先端部がフォーク状になっているもの)を使うと、無理な姿勢で食器に顔を近づけずとも、口元まで食事を運びやすい。
またその他にもピンセットとスプーンを併せたような食器も開発されており、それらは介護用品取扱店などで見掛けることができる。

こういった工夫された食器の使用は一つの解決策ではあるが、その一方では止むに止まれぬ個々の事情により「犬食いをせざるを得ない」ということへの理解も重要だと言えよう。

[English Translation]