鎮信流 (Chinshin-ryu School (a school of tea ceremony))

鎮信流 (ちんしんりゅう)は、肥前平戸藩で伝えられた茶道の流派。
4代藩主松浦鎮信 (天祥)が片桐貞昌に学び、また様々な流儀を研究して打ち立てた。
石州流鎮信派とも。
現在宗家は藤沢市にある。

歴史
松浦鎮信 (天祥)は平戸藩の4代藩主であった。
若年より茶道を好んだ。
家臣に金森重近から伝授を受けさせ、遠州流、三斎流、古市流、有楽流なども研究していた。
しかし、壮年に至って片桐貞昌に師事して藤林宗源より皆伝を受けた。
そこで石州流を基本としてそこに各流儀の長所を加えて一派を打ち立てた。
石州流での弟弟子にあたる村松伊織を茶堂として迎えた。
これに豊田の姓を与えて代々伝授させた。

大名家の常として当主自らが茶道を伝承することはなく、茶堂より伝授を受けるのであった。
しかし、特に8代藩主松浦誠信は17歳で皆伝を受けるほどの達人であった。
12代藩主松浦詮のときに維新を迎えた。
家元を豊田家から移して鎮信流を称した。
そして、東京で自ら茶道の指導を行うようになる。
とくに女子学習院や日本女子大学などで茶道の教授にあたった。
また和敬会(十六羅漢会)のメンバーとして持ち回り茶会を催すなどした。
明治期の茶道復興に貢献した人物の一人に数えられる。

歴代
江戸期の藩主各代については平戸藩を参照のこと。

松浦家歴代

茶堂豊田家歴代

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