隅田川続俤 (Sumida-gawa Gonichi no Omokage)

『隅田川続俤』(すみだがわ ごにちの おもかげ)は奈河七五三助(ながわ しめすけ)作の歌舞伎狂言。
通称は『法界坊』。
4幕7場からなる世話物で天明3年(1784年)5月 (旧暦)、大坂 角の芝居(藤川菊松座)で初演。
主役穎玄の悪と滑稽さが喜ばれ、人気を博す。
また浄瑠璃版の『双面水照月』(ふたおもて みずに てるつき)の一部が独立して、『双面』『葱売』」として知られている。

中村吉右衛門 (初代)や中村勘三郎 (17代目)の当り役だった。
また、喜劇俳優の榎本健一によって舞台や映画にもなった。

あらすじ

浅草聖天町に住む破戒僧の法界坊は、釣鐘建立の勧進をしながらその浄財で暮らしている。
悪代官の手先として悪事を働きしかも薄汚い恰好をして好色でみんなから嫌われている。
法界坊は永楽屋のお組に横恋慕するが、お組は手代の要助に恋をしている。
要助は実は京都の武士吉田松若である。
紛失した吉田家の重宝「鯉魚の軸」を探している。
だが、悪代官に追われて手代に身をやつしているのであった。
法界坊は褒美ほしさに宝物を奪い恋敵の要助を窮地に陥れる。
だが道具屋甚三実は松若家臣軍助に阻まれる。
執着心の強い法界坊は、松若を捕える。
お組の父と松若を慕って尋ねてきた許婚者の野分姫を殺す。
お組を手ごめにしようとするが間一髪かけつけた甚三に殺される。
お組と要助は荵売りに変装して逃れる。
途中、隅田川の土手で法界坊と野分姫の合体した怨霊にとりつかれる。
だが、最後は観音菩薩の功徳により救われる。

概要

法界坊の名は近松門左衛門の『雙生隅田川』をはじめとして多くの先行作に登場する破戒僧である。
本作も初代中村仲蔵が『色模様青柳曽我』で演じた大日坊を再構成した作品である。

歌舞伎では珍しい喜劇で、極悪人だがどこか憎めない法界坊の演技が眼目である。
愛嬌と妙を得た即興など役者のユーモアの感性が求められる。
守田勘彌 (14代目)が演じた時はまったく観客受けしなかった。
千秋楽には上演時間が40分も短くなるほど端折ってしまい、「これほどむつかしい役はない」と嘆かさせ\た。
最近では十七代目勘三郎が愛嬌の後ろに悪の暗さと哀愁がにじみ出て優れた舞台だった。
今日でも最も観客受けするバレエのような珍妙な振り付けや縄跳びの所作や洒落は、彼によって工夫された型である。

大詰の所作事『双面水照月』は、立役の中村仲蔵 (初代)が踊りたかった『娘道成寺』が女形しか踊ることが許されなかったため、初代河竹新七によって書き下ろされたものである。
法界坊と野分姫が合体した怨霊は外見はお組そっくりで、醜悪な破戒僧と可憐な女性を踊り分ける巧さが求められる。
伴奏も重々しい義太夫が法界坊を、優美な常磐津が姫をそれぞれ表現するように巧く分けられている。
市川猿之助 (3代目)や中村勘三郎 (18代目)は、怨霊の宙乗りと鬼の扮装をした後ジテに押し戻しがからむ独自の演出を取っている。

隅田川物

能の隅田川 (能)を原点とする人形浄瑠璃の世界 (曖昧さ回避)のひとつ。
梅若伝説を扱った作品群の事を一般に「隅田川物」と呼ぶ。
本作も隅田川物のひとつである。

近松門左衛門の『雙生隅田川』、鶴屋南北 (4代目)の『桜姫東文章』や『隅田川花御所染』、河竹黙阿弥の『都鳥廓白浪』(忍の惣太)などの歌舞伎狂言が今日よく上演される。
歌舞伎舞踊の『隅田川』が今日よく上演される。

初演の役者

法界坊......市川團蔵 (4代目)
道具屋甚三....二代目藤川八蔵
おさく......二代目山下金八
野分姫......嵐村次郎
山崎屋勘十郎...二代目中村治郎三
永楽屋権左衛門..三代目今村七三郎
永楽屋手代要助..染松七三郎
お組.......初代芳沢いろは

[English Translation]