イセエビ (Ise Ebi (Japanese spiny lobster))

イセエビ(伊勢海老)Panulirus japonicus は、十脚目(エビ目)・イセエビ科に属するエビの一種。
広義にはイセエビ科の数種を指す(近縁種)。
熱帯域の浅い海に生息する大型のエビで、日本では高級食材として扱われる。

特徴

体長は通常20-30cmほどで、まれに40cmに達するものもいる。
重さは大きなもので1kg近くになる。
体型は太い円筒形で、全身が暗赤色で棘だらけの頑丈な殻におおわれている。
触角や歩脚もがっしりしている。
エビ類の2対の触角はしなやかに曲がるものが多いが、イセエビ類の第二触角は太く、頑丈な殻におおわれる。
第二触角の根もとには発音器があり、つかまれると関節をギイギイと鳴らし威嚇音を出す。
腹部の背側には短い毛の生えた横溝がある。
オスメスを比較すると、オスは触角と歩脚が長い。
メスは腹肢が大きく、第5脚(一番後ろの歩脚)が小さなはさみ (動物)に変化している。

学名の属名"Panuliru"はヨーロッパ産のイセエビ科 Palinurus 属のアナグラムで、種名japonicusは「日本の」の意である。
英語では"Spiny lobster"(棘だらけのロブスター)と呼ばれる。
だが、ロブスターはイセエビよりもザリガニに近縁で、エビの分類上では別々に区分される。
硬い甲などの共通点もある。
だが、イセエビは大きな鋏脚を持たず、長い幼生期(生活史)を経る点でロブスターとの差異がある。

生態

房総半島以南から台湾までの西太平洋沿岸と九州、朝鮮半島南部の沿岸域に分布する。
かつてはインド洋・西太平洋に広く分布するとされたが、研究が進んだ結果他地域のものは別種であることが判明した。

外洋に面した浅い海の岩礁やサンゴ礁に生息する。
昼間は岩棚や岩穴の中にひそみ、夜になると獲物を探す。
食性は肉食性で、貝類やウニなどいろいろな小動物を主に捕食する。
海藻を食べることもある。
貝などは頑丈な臼状の大顎で殻を粉砕し中身を食べる。
一方、天敵は人間の他にも沿岸性のサメ、イシダイ、タコなどがいる。
敵に遭うと尾を使ってすばやく後方へ飛び退く動作を行う。

繁殖期には他のイセエビの後をついて動くため列を作るという変わった生態がある。

生活史

繁殖期は5-8月で、メスはオスと交尾した後に産卵する。
小さな卵をブドウの房状にして腹脚に抱え、孵化するまでの1-2ヶ月間保護する。

孵化した幼生はフィロソーマ幼生(Phyllosoma)、または葉状幼生と呼ばれる形態である。
広葉樹の葉のような透明な体に長い遊泳脚がついており、親とは似つかない体型をしている。
フィロソーマ幼生は海流に乗って外洋まで運ばれ、プランクトンとして浮遊生活を送る。
その期間はイセエビ類でも種によって異なるが、イセエビの場合は約300日に及ぶ。
形態や生態が親とはあまりにもかけ離れているうえ、期間も長い。
このため、19世紀に発見された当初は誰もイセエビ類の幼生とは思わず、エビ目の中に「フィロソーマ」という分類群が作られたという逸話がある。

孵化時には体長1.5mmほどだが成長につれて30回ほどの脱皮を繰り返す。
体長30mmほどに成長したフィロソーマ幼生は、プエルルス幼生(Puerulus)という形態に変態する。
プエルルス幼生はガラスエビと俗称されるようにフィロソーマ幼生とは一転して親エビに似た外見となる。
だが、体はまだ透明で、しかも大顎や消化管が一時的に退化し、餌をとらないという特徴がある。
プエルルス幼生はフィロソーマ幼生の時に蓄えた脂肪をエネルギーにし、脚で水をかいて泳ぎながら沿岸部の岩礁を目指す。
なお、プエルルス幼生がどのようにして沿岸部の位置を知るのかはまだわかっていない。

岩礁にたどりついたプエルルス幼生は約1週間で脱皮する。
そして親エビと同じ体型の稚エビとなって歩行生活をはじめる。
1年で体長10cm、2年で15cm、3年で18cm程度になると言われている。
体長12cm前後で成熟期をむかえる。

養殖の試み

1898年頃には日本でイセエビのフィロソーマの飼育が試みられていた。
1988年には三重県の水産技術センターと北里大学において別個に稚エビまでの飼育に成功している。
だが、幼生期間が長くその間の死亡率も高い事など、減耗率を抑え稚エビまでの成長を管理する上で問題も多く、事業化には至っていない。

だが、2001年には根室市水産研究所がミナミイセエビの養殖業完全養殖に成功しており、2003年には水産総合研究センター南伊豆栽培漁業センターから幼生から稚エビまでの生残率を高める回転型飼育装置の開発なども報告されている。
こうした事から、イセエビ養殖の早期事業化が期待されている。

文化

イセエビ類は古くから日本各地で食用とされている。
鎌倉蝦、具足海老(ぐそくえび。海老の甲羅を鎧兜に見立てた呼び方)などとも呼ばれていた。
また、日本語の「エビ」は、長い触角をしたイセエビを「柄鬚」と表記したのが始まりという説がある。

733年の『出雲国風土記』には嶋根郡や秋鹿郡の雑物の中に「縞蝦」の記述が見られる。
「蝦」の種類は確認できないものの911年の『侍中群要』では摂津国と近江国の二カ国から貢上されており、宮中へも納められていた。
1150年頃の『類聚楽雑要抄』などから当時は干物として用いられていたと考えられている。

伊勢海老の名称がはじめて記された文献は1566年の『言継卿記』であると考えられている。
江戸時代には、井原西鶴が1688年の『日本永代蔵』四「伊勢ゑびの高値」や1692年の『世間胸算用』で、江戸や大阪で諸大名などが初春のご祝儀とするため伊勢海老が極めて高値で商われていた話を書いている。
1697年の『本朝食鑑』には「伊勢蝦鎌倉蝦は海蝦の大なるもの也」と記されている。
海老が正月飾りに欠かせないものであるとも紹介している。
1709年の貝原益軒が著した『大和本草』にもイセエビの名が登場する。

イセエビという名の語源としては、伊勢がイセエビの主産地のひとつとされていたことによる。
これ加え、磯に多くいることから「イソエビ」からイセエビになったという説がある。
また、兜の前頭部に位置する前立(まえだて)にイセエビを模したものがあるように、イセエビが太く長い触角を振り立てる様や姿形が鎧をまとった勇猛果敢な武士を連想させる。
「威勢がいい」を意味する縁起物として武家に好まれており、語呂合わせから定着していったとも考えられている。

イセエビを正月飾りとして用いる風習は現在も残っている。
地方によっては正月の鏡餅の上に載せるなど、祝い事の飾りつけのほか、神饌としても用いられている。

イセエビ漁

生息域沿岸では、イセエビはどこでも重要な水産資源とされている。
日本国内での県別漁獲高は千葉県が多く三重県が次ぐ。
また、三重県の県の魚に指定されている(1990年11月2日指定)。

漁期は10月から4月にかけてで、5月から8月の産卵期は資源保護を目的に禁漁としている地区が多い。
宮崎県では9月2日から漁が始まり、3月末までが漁期である。
特に宮崎市青島で獲れたものは「青島どれ」とされ、宮崎の特産の1つになっている。

また、産卵期は身が細り、味も落ちる。
漁獲量は月齢や天候に左右され、闇夜であれば多く水揚げされる。
その他、太平洋側の黒潮の大蛇行の変化なども漁獲量に影響すると考えられている。
漁期における漁法は主に、刺し網漁と潜水漁、蛸脅し漁がある。
刺し網漁は、夕方に刺し網を仕掛け、早朝に網を上げる。
潜水漁は海人が岩場に潜んだイセエビを手づかみで採取するというもの。
蛸脅し漁は一方の竿の先にイセエビの天敵のマダコをくくりつけて水中で振り、イセエビが驚いて逃げたところを網ですくうというものである。

イセエビは姿造りなどで供されることから、流通時には他の食用エビに比べて姿形が厳格に評価される。
「角」と呼ばれる2本の触角や脚が破損すると商品価値が下がってしまうため、漁獲時には慎重に扱われる。
角の折れた海老や小型の海老が市場に出荷されることは少なく、漁港付近の旅館等で消費されることが多い。
水揚げ時に殻が割れたりして死んだものに関しては、漁業関係者の自宅で消費される。
このように傷ついたイセエビは1%程度の割合で存在し、商品価値が著しく下がる。
また、ショックを与えると自切するため、輸送中に脚が脱落することもある。
角や脚が欠けたことにより商品価値の下がったものでも、それらを修復して高値で販売されていることがある。
しかし近年では不況のあおりで、ワケあり食材として安価でも流通している。
水揚げしても暗所で毛布・籾殻等で保温すれば1週間くらいは生きているので、この状態で出荷・流通が行われる。
寒さに弱いので冷蔵すると死んでしまい、却って商品価値が下がる。

食用

江戸時代、1642年の『料理物語』にはイセエビを茹でる、あるいは焼くといった料理法が記されていた。
現在ではさらにさまざまな方法で調理されている。

刺身

伊勢海老汁

残酷焼き

フライ(エビフライ)

ステーキ


パエリア

なお、特に日本国内においては制限はないが、アメリカ合衆国の一部の州では、最初の包丁の入れ方に制限を設けているところがある。
海老の甲を左右に分断する形で切断しないと、動物愛護に関する州法等の法令により罰則が科せられる場合がある。
これは、海老の脳を切断する形でないと海老に苦痛を与えるということによる罰則である。
日本国内でもこの形で切断している場合が多いが、これは切断後に身が取り出しやすいためでもある。

近縁種

イセエビ科 Parimuridae は8属49種があり、食用や観賞用などに利用される。
「イセエビ」は厳密にはその中の1種だけを指す。
だが、日本の水産業者等の間ではイセエビ科に属するいくつかのエビの総称となっており、輸入種も含めて市場においてもその総称で流通している場合が多い。

日本産

日本産のイセエビ属 Panulirus は、イセエビを含む計6種が知られる。

カノコイセエビ P. longipes (アルフォンス・ミルン=エドワール, 1868年)
体長30cmほど。
イセエビに似るが体に白や橙色の小さな斑点が散在するので「シカの子」の名がある。
また、第1触角(細い触角)に7本の横しまが入るのも特徴である。
西太平洋とインド洋の熱帯域に広く分布し、南西諸島ではイセエビよりも漁獲量が多い。
また、産卵期は3-10月と長い。

シマイセエビ P. penicillatus (Olivier, 1791年)
体長30cmほど。
イセエビに似るが歩脚に白い縦線があり、第1触角にしま模様がない。
熱帯インド洋と太平洋諸島に広く分布するが、日本では伊豆諸島以南に分布する。
イセエビよりも若干、黒い色も特徴の一つ。

ケブカイセエビ P. homarus (カール・フォン・リンネ, 1758年)
体長30cmほど。
腹部の節ごとに短い毛の生えた溝がある。
これが背中の中央部で切れずに繋がる点でイセエビと区別する。
体色は青灰色がかっていて、第1触角に7本の横しま、歩脚は黒と白のまだら模様、腹脚と尾は橙色をしている。
西太平洋とインド洋の熱帯部に広く分布するが、日本では数が少ない。

ゴシキエビ P. versicolor (ピエール・アンドレ・ラトレイユ, 1804年)
体長30cmほど。
体色は黒色で頭胸甲に黄色の模様、腹の節ごとに黄色の縁取りがある。
さらに歩脚には黄色の縦線、腹脚は赤黒の縦じま、第2触角の根もとと尾の先が赤色をしている。
西太平洋とインド洋の熱帯部に広く分布するが数は少ない。
名の通りの多彩さから、食用よりも寧ろ観賞用の剥製として利用される。

ニシキエビ P. ornatus (ヨハン・クリスチャン・ファブリシウス, 1798年)
体長は最大50cmを超え、イセエビ属の最大種。
頭胸甲は水色で突起が橙色、腹部は黒の横しまがあり、両脇に黄色の斑点が2つずつある。
第1触角と歩脚は白黒のまだら模様。
西太平洋とインド洋の熱帯部に広く分布している。
サンゴ礁の外礁斜面からやや深い砂泥底まで生息するが数は少ない。
大型で多彩な体色から、観賞用の剥製にされて珍重される。

アカイセエビ P. brunneiflagellum
小笠原諸島及び伊豆諸島の一部だけに分布する海老。
まれに本州の紀伊半島などで見つかることもある。
2005年に三重大学の研究チームにより新種と判明。
カノコイセエビに似ている。
だが第1触角(頭の前方に伸びる短い一対のひげ)に白い帯がないことと、第2腹節背面の溝が側部の溝と連続していないことなど違いがある。
ほとんど小笠原固有種なので漁期が年間二週間に限定し保護している

外国産

オーストラリアイセエビ P. cygnus (George, 1962年)
体長25cmほど。
体色はピンク色が強く、腹部の両脇に白い斑点が並ぶ。
オーストラリア西岸に分布する。

アメリカイセエビ P. argus (Latreille, 1804)
体長30cmほど。
体色が黄褐色で、腹部の節ごとに白い斑点が横に並ぶ。
秋には冬眠のため深場に移るが、この時に行列をなして移動する変わった習性がある。
大西洋西部に分布する。

ミナミイセエビ属 Jasus

6~8種が知られ、ミナミイセエビと総称される。

オーストラリアミナミイセエビ J. novaehollandiae (Holthuis, 1963年)
体長30cmほど。
イセエビに似ているが頭胸甲だけでなく腹部の殻にも突起があり、ゴツゴツしている。
ニュージーランド・オーストラリア海域に分布する。
日本が輸入する「イセエビ」の過半が本種である。

アフリカミナミイセエビ J. lalandii (H. Milne-Edwards, 1837年)
ナミビア・南アフリカ共和国産。
日本への輸出が多い。

ヨーロッパイセエビ属 Palinurus

ヨーロッパイセエビ P. elephas (Fabricius, 1787年) P. vulgaris (ピエール・アンドレ・ラトレイユ, 1803年)
ノルウェー~モロッコ近海の北東大西洋・地中海産。

[English Translation]