暫 (Shibaraku)
『暫』（しばらく）は、歌舞伎の演目で、歌舞伎十八番の一つ。
時代物。
立役の代表的な演目。
背景
元禄10年（1697年）1月、江戸の中村座で『参会名護屋』を市川團十郎 (初代)が初演。
中村明石と初代團十郎による合作である。
元々は江戸時代に顔見世狂言に使われた。
市川團十郎 (7代目)により歌舞伎十八番のひとつとなった。
以後通称だった『暫』が外題となった。
かつては上演のたびに登場人物が変わっていた。
明治28年（1895年）には市川團十郎 (9代目)が上演してから一幕物として独立した。
その時の脚本が固定されて現在に至る。
あらすじ
皇位へ即こうと目論む、悪党・清原武衡が、自らに反対する源義綱ら多人数の善良なる男女を捕らえた。
成田五郎ら家来に命じて、清原武衡に加茂次郎義綱らが打ち首にされそうになる。
そのとき、鎌倉権五郎景政が「暫く～」の一声で、さっそうと現われ、荒れ狂い、助ける物語である。
登場人物
登場人物の名は一定せず、興行ごとに異なった名が用いられてきた。
ただしそれではいかにも紛らわしいので、歌舞伎関係者や歌舞伎に通じた江戸っ子たちは、それぞれの役どころを、主役の善玉が「暫」、対する悪玉が「ウケ」、その家来が「腹出し」といった具合に、通称で呼んでいた。
役名が現在のものに固定するのは明治28年に九代目團十郎によって『暫』が独立した一幕物として上演されて以後のことである。
鎌倉権五郎景政（かまくら ごんごろう かげまさ）
「暫｣： 賀茂義綱家来、史実の鎌倉景政に相当
清原武衡（きよはらの たけひら）
「ウケ｣： 史実の清原武衡に相当
賀茂次郎義綱（かも じろう よしつな）
「太刀下｣： 史実の源義綱に相当
桂の前（かつらの まえ）
賀茂義綱の許嫁
宝木蔵人貞利（ほうぎ くろうど さだとし）
賀茂家家老
成田五郎（なりた ごろう）
「腹出し｣： 清原武衡家来
鹿島入道震斎（かしま にゅうどう しんさい）
「鯰｣：
照葉（てるは）
「女鯰｣：
概略
『暫』は筋書きが簡単明瞭なだけに常に人気演目の上位にあげられる演目となっている。
歌舞伎作者で劇評家の岡鬼太郎は「ナンセンスな芝居、理屈をいわずに黙ってご覧なさい」と評していた。
また本来が毎年の顔見世興行で演目の一つに付け足されるかたちの「吉例」の演目だった。
そのため、ときには「暫」を女形が演じる「女暫」もあるなど、意匠を凝らした演出も見ものだった。
主人公は悪霊を払う霊力を持つ超人。
それを代々の團十郎は相伝の「にらみ」で表現してきた。
かつては、魔よけのためと楽屋裏にまで押しかけた贔屓がいた。
彼らに「暫」の隈取のままにらむといったことまであったという。
「ウケ」を勤める役者は、金冠に銀の束帯、王子鬘に公家荒と呼ばれる魁偉な青の隈取をつける。
貫禄と品位が要求される役どころである。
江戸時代は中島三甫右衛門が、明治以後は中村歌右衛門 (5代目)、戦後は尾上松緑 (2代目)、片岡仁左衛門 (13代目)などが当り役とした。
女形の歌右衛門は型は、途中で「実は女なのさ」と女性に変身する珍しいものだった。
なお荒事の代表作として『暫』しばしば海外でも上演される。
英語題は「Just Moment」（ちょっと待った）というものになっている。