筆 (Fude (ink brush))
筆(ふで)とは、軸(竹筒などの細い棒)の先端に毛(繊維の束)を付けた道具であり、筆記具・画材などに使われる。
「毛」には通常は文字どおり毛 (動物)(まれに化学繊維)が使われ、毛筆(もうひつ)という。
概要
材料の毛は、剛毛(ウマやイタチ、タヌキ)、柔毛(羊や猫、リス)の毛などが用いられている。
また、「特殊筆」として、鶏や孔雀、マングースやムササビの毛、また、獣毛以外にも藁や竹を使用した筆も生産されている。
生産地は、いずれもそうした動物がまだ生息している地方が多い。
最近は、胎毛筆と言って赤ちゃんの成長を願って、赤ちゃんの髪の毛でも記念に筆を作ることもある。
剛毛の弾力と柔毛の墨含み、双方の利点を併せ持つ二種の毛を配合したものを「兼毫」と言う。
筒の部分を持ち、毛の部分に墨や顔料をつけ、書く対象にその毛をなすり付けることにより、文字を書いたり、絵を描いたり、化粧を行ったりできる。
日本で現存している最古の筆は「天平筆(雀頭筆)」であるとされている。
正倉院に残されている。
書の筆
通常、大筆(太筆)は穂を全ておろす(ノリを落とす)が(根元に短い毛を意図的に残し、筆の弾力を高めているものに関しては根元を固めたままにすることが多い)、小筆(細筆)は穂先だけをおろすのが良い。
ただし、仮名用の筆に於いて、やや大きめの面相筆は根本までおろすことが多い。
小筆の穂先は特に繊細なため、陸(墨を磨る部分)で穂先をまとめるために強くこすりつけることは極力避ける。
墨などで固まった穂先を陸にこすりつけて、柔らかくしようとすることは絶対にしてはならない。
硯は固形墨を磨(す)るためのヤスリであり、墨液が潤滑の働きをするとは言え、そのヤスリにこすりつけることは穂先を硯で磨ることと同じであり、穂先をひどく傷めてしまうからである。
大筆も硯の陸の部分で墨を調節したりするのは穂を傷めるので、大作を作る時などは、プラスチックや陶器などで作られた、ヤスリの要素だけを取り除いた「墨池(ぼくち)」というものを使うことが多い。
仕組み
毛はウロコ状の表皮に包まれた物体である。
ウロコ状の部分をcuticle(キューティクル:表皮構成物質)と呼ぶ。
人毛の場合、このキューティクルの隙間は0.1ミクロンであり、水などがこの隙間から進入すると毛全体が膨らみ反る。
そのため、作られてすぐの筆は膨らんだり毛が反るので、毛や筆の性能を活かしきることができない。
ススは、元素的にはカーボン(炭素)である。
このスス成分が筆のキューティクルの隙間に沈着すると、水分が入れない状態になり、膨らんだり反ったりしなくなる。
また筆のコシが出て、墨の含みも良くなり、最も良い状態で筆の性能を活かすことができる。
羊毛の筆は最初、透通るような白い色をしているが、使い込むに従って銀色に、さらに長年を経ると黄金色に輝き、使用者自身の書きぶりが毛の癖となって表れ、その人の体の一部の如く使いこなしやすくなる。
しかしその状態になるには、墨液よりも、摩った固形墨の方が良いと言える。
製造の途中で不揃いな毛などをすいており、書字中に抜けてくるのは抜き出し損ねた残りであって少量であれば問題ない。
切れや抜けが多いと毛が減り、筆が割れを起こしたり、毛先が効かなくなって使えなくなる。
毛とニカワの関係について
前項のように、筆は使うほどに本来の筆の持つ能力が引き出されてくるが、それには墨の選び方や洗い方も大事になってくる。
墨の成分は、主にススと膠(ニカワ:コラーゲン・ゼラチン成分)から作られている。
品質の劣悪なものは、ニカワに安価な海外の魚のコラーゲンを使うなどするため、ニカワの成分が毛に対してストレスを与え、キューティクルを傷める。
人によってはリンスやコンディショナーなどを塗布してキューティクルを守ろうとすることがあるが、前述の通り筆の毛はキューティクルの隙間にススを入れることが大事である。
リンスやコンディショナーなどは隙間に入り込んでススを入れなくしてしまうので、筆の毛にコシを与えず逆に寿命を縮めることになる。
洗うことについて
穂先に墨が残らないようによく水洗いする。
ただし、作られてすぐの筆を水に長時間浸しておくと、毛に水が入り込み膨らんでキューティクルの隙間が大きく開き、毛が切れやすくなる。
同じ理由で、筆の穂先を固めるためのノリ成分を、水に長時間さらして落とすのは適当でない。
小筆を洗う場合は、筆の穂先を擦り切らせないよう気をつける。
筆の根元については、よくすすぎ、根元にニカワ分が残らないようにする。
ニカワ分が溜まると、膨張するなどして筆管が割れるので注意が必要である。
ニカワは、ぬるめの湯に一番溶けやすいので、湯で洗うのが毛に最も良い。
毛の根元の墨を口で吸ったりして吸い出すことがよく行われているが、品質の良い固形墨・墨液では構わないが、品質について信用できない墨汁などを口に入れることは体に悪い可能性があるので注意する。
前述のように海外の魚や動物の骨や皮から抽出したコラーゲンを使ったり、化学的に合成した接着剤成分などをニカワの代わりに用い、腐らせないように防腐剤が入り、工業製の香料を使っている可能性が高いため、口に入れることは不衛生であり健康被害・アレルギーなどに注意する。
また磨った墨などを作り置きして使う場合は防腐剤が入っていないため大変腐りやすいので口に入れないこと。
スス成分が溜まると筆は逆に長持ちするので、ニカワの成分だけをよく落とすのが大事である。
黒い墨の色が薄く沈着するのは筆の性能が引き出されていることを示していると言って良いので、洗いすぎて筆を傷めないよう注意する必要がある。
産地
筆の産地としては、広島県の熊野町(熊野筆)、呉市(川尻筆)、奈良県(奈良筆)、愛知県の豊橋市(豊橋筆)、宮城県の仙台市(仙台御筆)、東京都などが有名。
いずれも職人仕事なので、特定の町内に職人の職住一致の仕事場が点在している、のが実態。
特に伝統工芸品として経済産業省に認定されているのは、以下の通りである。
豊橋筆 愛知県豊橋市
奈良筆 奈良県奈良市、大和郡山市
熊野筆 広島県熊野町
川尻筆 広島県呉市川尻町(旧豊田郡川尻町)
中華人民共和国においては、浙江省呉興県善璉鎮の「湖筆」が最も名高い。