青砥稿花紅彩画 (Aotozoshi hanano nishikie)
『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)は、文久二年(1862年)に市村座で初演された、二代目河竹新七(後の河竹黙阿弥)作の歌舞伎の「白浪物」。
通称に『白浪五人男』(しらなみ ごにんおとこ)、『弁天娘女男白浪』(べんてんむすめ めおの しらなみ)、『音菊弁天小僧』(おとにきく べんてんこぞう)などがある。
概要
石川五右衛門、鼠小僧と並ぶ日本屈指の盗賊「白浪五人男」の活躍を描く。
明治の名優尾上菊五郎 (5代目)の出世芸となった。
17歳の時から生涯六度演じており、最後の舞台も弁天小僧であった。
菊五郎の自伝によれば、芝居の関係者の直助と言う男が、歌川国貞画の錦絵を見せに来たら、自分自身が弁天小僧の扮装で抜き身の刀を床に突き刺して酒を飲む絵柄だったので、早速河竹新七に脚色を依頼したとある。
別の説では、ある日新七が両国橋で女物の着物を着た美青年を見かけてみてふと思いつき、そのことを豊国に話すと、豊国はそれを錦絵にして、さらに新七がそれをもとに劇化したという。
劇の宣伝文である「語り」には「豐國漫畫姿其儘歌舞伎仕組義賊傳」(大意:豊国の下絵に描かれた姿をそのまま歌舞伎に仕立て上げた義賊伝である)とある。
いずれにせよ豊国の作品からヒントを得て作られたことは間違いない。
弁天小僧は、戦前は五代目の実子の六代目尾上菊五郎、十五代目市村羽左衛門、戦後は十七代目中村勘三郎、七代目尾上梅幸が演じた。
そして現在は、五代目の曾孫の七代目尾上菊五郎、さらにその子の五代目尾上菊之助、ほかに十八代目中村勘三郎らに受け継がれている。
「白浪物」は盗賊が活躍する歌舞伎狂言を総称する名前である。
二幕目第一場(雪の下浜松屋の場)での女装の美男子、弁天小僧菊之助の名乗り(男であることを明かして彫り物を見せつける)、二幕目第三場「稲瀬川勢揃いの場」では「志らなみ」の字を染め抜いた番傘を差して男伊達の扮装に身を包んだ五人男の名乗りが名高い。
花道を堂々と登場後、舞台に来て捕り手を前に五人組が勢揃い。
一人ずつ「渡り台詞」で見得を切り、縁語や掛詞を駆使した七五調のリズミカルな「連ね」で名乗る姿には歌舞伎の様式美が凝縮されている。
この様式ははるか後世の『秘密戦隊ゴレンジャー』を初めとする子供向け「戦隊もの」のヒーロー番組にまで受け継がれている。
大詰第一場(極楽寺屋根立腹の場)の弁天小僧切腹から第二場(極楽寺山門の場)の駄右衛門登場に至る「強盗返」も目を惹く。
「青砥」は追っ手の名前青砥藤綱に因む。
歌舞伎の人気狂言『雁金五人男』『新薄雪物語』『楼門五三桐』などの有名な場面を「俳句その他の技法」した場面も見られ、それをまったく新しい作品に作り変えた作者黙阿弥の機知に富む傑作。
白浪五人男
白浪五人男にはそれぞれモデルとなった実在・架空の人物がいることが知られている。
日本駄右衛門(にっぽんだえもん)
モデル:実在した盗賊・浜島庄兵またの名を日本左衛門。
ただし日本駄右衛門の人物設定は石川五右衛門そのものである。
初演役者:三代目関三十郎 (3代目)
渡り台詞:問われて名乗るも おこがましいが……
人物設定:天下の大盗賊。
千寿姫を身投げさせた菊之助を手下にする。
弁天小僧菊之助(べんてんこぞう きくのすけ)
モデル:河竹新七が両国橋で目撃したという女物の着物を着た美青年。
その名や容姿には五代目菊五郎その人が反映されていることはいうまでもない。
初演役者:尾上菊五郎 (5代目)
渡り台詞:さて其の次は……
人物設定:千寿姫を騙し身投げさせた後、日本駄右衛門の手下となり、女装して恐喝と窃盗を働く。
忠信利平(ただのぶ りへい)
モデル:『義経千本桜』義経千本桜四段目に登場する義経千本桜登場人物
初演役者:市川團十郎 (9代目)
渡り台詞:続いて次に控えしは……
人物設定:赤星家に仕えていた父親が横領の末逃亡。
日本駄右衛門の手下。
赤星十三郎(あかぼし じゅうざぶろう)
モデル:『其小唄夢廊』や『鈴ケ森』の題材にもなっている、実在した前髪立ちの美少年盗賊・白井権八。
初演役者:岩井半四郎 (8代目)
渡り台詞:又その次に連なるは……
人物設定:叔父に薬を得るための資金を頼まれ、盗賊となる。
忠信利平に出会い、日本駄右衛門の手下となる。
南郷力丸(なんごう りきまる)
モデル:日本左衛門の手下で実在した盗賊・南宮行力丸という。
湘南には実際に当地の舟持ちのせがれで手に負えないほどの悪党だったという人物の伝承があり、その供養塔が茅ヶ崎市南湖の西運寺境内にある。
初演役者:中村芝翫 (4代目)
渡り台詞:さてどんじりに控えしは……
人物設定:忠信利平の金(元は千寿姫の許嫁・信田小太郎の仏前に備えられた金を赤星十三郎が盗んだもの)を奪おうと斬りあう。
菊之助と共に恐喝と窃盗を働く。
名台詞
浜松屋の場での弁天の見顕し(初演の尾上菊五郎_(5代目)の口跡)
知らざあ言って聞かせやしょう。
浜の真砂と石川五右衛門が、歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き、以前を言やあ江ノ島で、年季勤めの稚児ヶ淵、
江戸の百味講の蒔銭を、当てに小皿の一文字、百が二百と賽銭の、くすね銭せえだんだんに、
悪事はのぼる上の宮、岩本院で講中の、枕捜しも度重なり、お手長講と札付きに、とうとう島を追い出され、それから若衆の美人局、ここやかしこの寺島で、
小耳に聞いた祖父さんの、似ぬ声色で小ゆすりかたり、名せえ由縁の弁天小僧菊之助たあ、俺がことだ。
「白浪」は盗賊を意味するが、これが「夜働き」「知らない」「七里ヶ浜」の各語に掛かっている。
「寺島」は五代目菊五郎の本名「寺島清」を「島の中にある寺」に、「祖父さん」は五代目菊五郎の祖父にあたる化政期に名優と謳われた「尾上菊五郎_(3代目)」に、「名せえ由縁」は五代目菊五郎の次男が「尾上菊之助」であることにそれぞれ掛けている。これが「くすぐり伝統芸能のくすぐり」である。
これが「くすぐり伝統芸能のくすぐり」である。