木寺宮邦康親王 (Imperial Prince Kideranomiya Kuniyasu)
木寺宮邦康親王(きでらのみやくにやすしんのう、1416年-没年未詳)は室町時代の皇族。
大覚寺統の嫡流である木寺宮家の4代目の当主とされる。
官位は三品、役職は中務卿。
兄に後小松天皇猶子として仁和寺に入った承道法親王、妙法院に入った明仁法親王が、子に仁和寺に入った法深法親王がいる。
先代・世平王の末息子として生まれ、享徳4年(1455年)2月、40歳の時に伏見宮貞成親王の猶子として親王宣下を受ける。
その半年後に元服し、三品の位を授けられ、中務卿に任ぜられた。
但し、この当時としても40歳になるまで出家も元服もさせてもらえず放置されていたのは異様である。
常盤井宮家に比べて軽視されていたことが伺える。
その後の事績や没年は不明。
木寺宮家はその後京に於ける明確な消息が途絶え、宮家としては廃絶したと考えられる。