古代山城 (Kodai Sanjo (ancient castles built on the top of mountains))
古代山城(こだいさんじょう)は、飛鳥時代から奈良時代にかけて築かれた古代の山城のうち、朝鮮半島からの影響が指摘されるものを一般に指す。
朝鮮式山城(ちょうせんしきやまじろ)と呼ぶこともある。
ただし、この呼称は定義に未確定な部分があるので、考古学上は単に古代山城と呼ばれることが多い。
概要
古代山城とは、西日本各地に古代に造られた山城の中で、「日本書紀」「続日本紀」になんらかの記載がある諸城およびその系統の山城。
築城、改修、停廃等の記事が見られる。
特に663年の白村江の戦いの後、唐や新羅による侵攻に備え、天智天皇の命で各地に水城や山城が建設された。
日本書紀における長門城、大野城 (筑前国)、基肄城の記事に「亡命百済貴族が築城の指導に当たった」とある。
これらを含め築城年代・構造など共通性が見られるものを「古代山城」と称する。
このほか古代山城の中には怡土城のように中国城砦との関係が指摘されるものもある。
また古代山城に類似した遺構として、神籠石(式山城)が総社市・鬼ノ城(1986年国の史跡に指定)など日本各地で16城発見されている。
だが、これらは公的な記録がなく建造経緯などは不明なものが多い。
記録にはあるものの未だに場所が確認されていない古代山城群のひとつに比定されるものもある。
だが、そのほかに「奥集落の祭祀複合遺跡」や「大陸渡来氏族が追われて奥地に建造した城」などもある。
また、別系統の古代城郭に都城、国府城、関所、要害、水城、東北・北陸の城柵・鎮守府城、城館などがある。
このうち多賀城、秋田城などは山城といっていい立地である。
規模も西日本の古代山城の発展形とみられ、注意が必要である。