陰首 (Onshu)

陰首(おんしゅ)とは、律令制において戸籍や計帳から欠落している者及び浮浪の者が自主的に名乗り出て登録されること。
和訓では「かくれたるがあらわれ」と読む。

これに対して官司の摘発によって登録された者を括出(かっしゅつ)、一度浮浪となった者が元の戸籍に復帰することを走還(そうかん)と呼ぶ。
これら3者は実質的には大差がなく、これに伴う戸籍人口の増加は国司・郡司の考課にも反映された(考課令)。

養老律令に規定があったが、実際には大宝律令施行期である霊亀3年(726年)が記録上最古である。
本来は課役負担者の確保が趣旨であったが、平安時代に入ると陰首・括出は地方より税負担の軽い畿内に移住するための法の抜け穴として利用された。
中には他者の戸籍に入って口分田や蔭位を不正に獲得する者まで出現した。

このため、延暦19年(800年)に一旦、陰首・括出の禁止が出されて走還のみが認められることになる。
しかし、大同 (日本)元年(806年)には復活し、更に斉衡2年(855年)に再度、陰首・括出が禁止された。

[English Translation]