中村水竹 (NAKAMURA Suichiku)
中村水竹 (なかむら すいちく、男性、文化 (元号)3年(1806年) - 明治5年(1872年)1月6日)は、江戸時代末期の日本の篆刻家である。
幼名を名霄もしくは天祥、名は元祥、字は爾祥・夢竜。
号 (称号)は水竹の他に酔茗軒。
通称は主馬もしくは播磨介。
京都の人。
略伝
京都西洞院通一条下ル中立売通北に住み、代々近衛家に仕えている。
篆刻は三雲仙嘯に学んだ。
書・文人画に巧みであった。
慶応3年に幕命によって御璽・国璽を刻している。
ほかに有栖川宮熾仁親王の印も刻した。
自印の印譜『水竹丹篆』がある。