佐伯子麻呂 (Saeki no komaro)

佐伯 子麻呂(さえき の こまろ、生年不詳 - 天智天皇5年(666年))は贈・大錦上の役人。
姓は臣(おみ)。

644年に子麻呂は中大兄皇子(後の天智天皇)に臣従する。
645年6月に宮廷で朝堂一の実力者・蘇我入鹿大臣の暗殺に参加する。
しかし暗殺直前には飯が喉を通らずに吐くほど緊張したと伝えられる。

暗殺実行時、入鹿に斬りつけ、皇極天皇にこの事態の説明を求める入鹿の息の根を止めたという。
また、同じ年の11月には中大兄皇子のライバル・古人大兄皇子討伐事件にも関与していたという。

天智天皇5年(666年)には病気になった子麻呂を中大兄皇子が見舞いに来て、子麻呂の功績を誉め称え、病床にあった子麻呂は嘆き悲しんだという。

やがて間もなく子麻呂は亡くなったと思われる。

[English Translation]