岩佐一亭 (IWASA Ittei)
岩佐 一亭(いわさ いってい、安永(1779年)8年8月24日) - 安政5年(1858年)11月28日)は、江戸時代後期の日本の書家。
名は善倫、字は君明、通称を市右衛門。
飛騨国高山町三之町に生れる。
代々呉服商を営む荒木屋の長子としていったんは家督を相続したが、後に弟 兵助に譲り、もっぱら書道の研究に没頭した。
書ははじめ蜂賀仁助寿仁に手ほどきを受け、文化 (元号)9年(1812年)33歳で尾張蜂須賀村蓮華寺住職 大道定慶に入門。
書の流派である弘法大師流入木道(じゅぼくどう)の51世を授かる。
天保3年(1832年)53歳、京都の狩野秀信のところに滞在し、書した絹本が仁孝天皇の天覧に供せられた。
一亭が68~69歳の頃、山岡鉄舟が入門。
鉄舟に書の真髄を伝え、弘法大師流入木道52世を授ける。
安政5年2月(1858年)、飛騨国分寺にて80歳の賀宴が催されたが、その年の11月に歿した。
享年80。