池坊専好 (IKENOBO Senko)
池坊専好(いけのぼうせんこう)は、安土桃山時代から江戸時代中期にかけての立花師。
1世から3世までいる。
1世池坊専好(1536年-1621年)
1世池坊専好は、立花の構成理論に儒学の教えを取り入れ、それまでの立花に画期的な変化をもたらした。
1599年(慶長4年)に京都の大雲院 (京都市)で催した百瓶華会(ひゃくへいかかい)は絶賛された。
2世池坊専好(1570年-1658年)
2世池坊専好は後水尾天皇に召し出されて立花を指導し、宮中における立花会の判者にもなっており、法橋に叙された。
立花の大成者で、立花の構成理論に仏教を採り入れた。
作品図は池坊・曼殊院・陽明文庫などに残されている。
3世池坊専好(1680年-1734年)
3世池坊専好は、伝書の整備と伝授された式法を改訂している。
4世池坊専好
1988年(昭和63年)、池坊次期家元として池坊由紀が池坊専好を襲名。
家元就任後、4世池坊専好を名乗ることになっている。