蕨姫 (Warabihime)
蕨姫(わらびひめ、生没年不詳)は、平安時代末期の女性。
平氏一門の平時忠の娘。
本名は不明。
『尊卑分脈』で源義経の妾とされる。
能登国(現石川県能登半島)の伝承で蕨姫と呼ばれる。
寿永4年(1185年)3月24日の壇ノ浦の戦いで平家一門が滅亡すると、父時忠は源義経の軍勢に捕らえられて捕虜として平安京へ戻った。
時忠は義経に押収された機密文書を取り戻すために、娘を義経に差し出す事を考えた。
18歳の現妻の娘は惜しいので先妻の娘である23歳(『源平盛衰記』では28歳)の蕨姫を義経に娶らせた。
姫に懇願された義経は封も開けずに文書を時忠に送り、時忠はすぐさま焼却処分したという。
(『平家物語』「文之沙汰」)
『吾妻鏡』によると、同年5月20日に配流の決定が出されていた時忠が、義経の舅となった縁によって未だ京都に滞在し、義経の兄源頼朝の怒りを買っている記録がある(文治元年9月2日条)。
9月23日、時忠は流刑地の能登国へ送られるが、蕨姫のその後の消息は不明。
能登半島には都落ち後の義経一行が、蕨姫の父時忠の配流地を訪れたという伝承が多くある。