藤原綱手 (FUJIWARA no Tsunate)
藤原 綱手(ふじわら の つなて、生年未詳 - 天平12年11月1日 (旧暦)(740年11月28日))は奈良時代の廷臣、武人。
藤原式家の創始者藤原宇合の四男(あるいは五男)。
生年は霊亀2年(716年) - 養老6年(722年)頃と推測されている。
妻は秦朝元の娘。
無位の内舎人と伝わる。
天平12年、北九州において長兄藤原広嗣の反乱に加わり、五千の兵を率いて豊後国から進軍する。
しかし乱は大野東人率いる官軍によって敢えなく鎮圧された。
捕虜となった綱手は、同年11月1日、肥前国松浦にて広嗣ともども誅殺された。