青山忠朝 (AOYAMA Tadatomo)
青山 忠朝(あおやま ただとも)は江戸時代の大名、大坂城代。
丹波亀山藩第3代藩主、同篠山藩初代藩主。
青山家宗家7代。
丹後国宮津藩主・青山幸督の次男。
享保15年(1730年)、先代藩主・青山俊春が嗣子なく没したため、分家である丹後宮津藩から養子に入る。
しかし、忠朝も嗣子に恵まれなかったため、実兄・青山幸秀の子・青山忠高を養子に迎え後を継がせた。
1708年(宝永5年)
- 生まれ
1730年(享保15年)
- 青山家相続
1744年(延享元年)
- 奏者番
1748年(寛延元年)
- 寺社奉行、篠山に国替(共に8月3日 (旧暦))
1758年(宝暦8年)
- 大坂城代(11月28日 (旧暦))
1760年(宝暦10年)
- 死去、享年53
1730年(享保15年)
- 従五位下伯耆守
1746年(延享3年)
- 因幡守
1758年(宝暦8年)
- 従四位下