高麗大山 (KOMA no Oyama)
高麗 大山(こま の おおやま、天平宝字6年(762年))は奈良時代の官人。
造東大寺司次官。
父は背奈行文。
背奈福徳の孫。
子に高倉殿守、高倉殿継。
官位は正四位下、武蔵介。
のちに官位、造東大寺司次官に当てられる。
761年(天平宝字5年)、淳仁天皇から遣渤海使に任じられ、渤海使の王新福を伴い派遣されたという(続日本紀)。
高麗 大山(こま の おおやま、天平宝字6年(762年))は奈良時代の官人。
造東大寺司次官。
父は背奈行文。
背奈福徳の孫。
子に高倉殿守、高倉殿継。
官位は正四位下、武蔵介。
のちに官位、造東大寺司次官に当てられる。
761年(天平宝字5年)、淳仁天皇から遣渤海使に任じられ、渤海使の王新福を伴い派遣されたという(続日本紀)。