伊集院久信 (IJUIN Hisanobu)
伊集院 久信(いじゅういん ひさのぶ、生年不詳 - 元和 (日本)2年(1616年))は戦国時代 (日本)・安土桃山時代の武将。
薩摩国島津氏の一族。
伊集院氏。
肥前守。
入道して元巣と名乗る。
島津義弘の家老となり、飯野(宮崎県えびの市)地頭および横川町地頭を務めた。
元亀3年(1572年)に起こった「木崎原の戦い」での戦後処理の際に島津義弘の命を受けて、島津、伊東氏両軍の戦死者を弔う六地蔵塔を建てる。
文禄元年(1592年)、豊臣秀吉による治世に反発した梅北国兼に呼応して「梅北一揆」に参加している。