正親町三条実有 (OGIMACHISANJO Saneyoshi)
正親町三条実有(おおぎまちさんじょう さねよし、天正16年(1588年)‐寛永10年7月13日 (旧暦)(1633年8月17日))は、安土桃山時代後期から江戸時代前期の公卿。
後陽成天皇(107代)・後水尾天皇(108代)・明正天皇(109代)の三帝にわたり仕えた廷臣で官位は正二位権大納言まで昇った。
父は権中納言正親町三条公仲。
母は権大納言勧修寺晴右の娘。
子に参議正親町三条公高、参議正親町三条実昭。
娘に権大納言日野弘資の室がいる。
初名は実助(さねすけ)。
文禄3年(1594年)叙爵。
その後、侍従・右近衛少将・阿波権介・右近衛中将・蔵人頭をへて、慶長17年(1612年)に参議となり、公卿に列する。
その後、権中納言・踏歌節会外弁をへて、寛永3年(1626年)に権大納言に任じられた。
寛永5年(1628年)に太宰権帥に任官した。