沢忠助 (SAWA Chusuke)
沢 忠助(さわ ちゅうすけ、生没年不明)は、新選組隊士。
馬丁。
出身地不明。
名は忠介、忠輔とも。
慶応3年(1867年)頃の入隊とされ、近藤勇・土方歳三の側近を務める。
長い間、近藤の馬丁を務め、甲州勝沼の戦いの際には素っ裸になって奔走。
近藤亡き後は、土方の側近として付き従った。
蝦夷地へ渡って箱館戦争まで同行した。
土方の戦死にも居合わせた。
腹部を銃弾によって貫かれた土方は、「やられた」と一言発して落馬した。
沢が駆け寄って抱き起こした時にはもう事切れていたと言う。
陸軍奉行添役安富才助と共に、土方の遺体が五稜郭へ運ばれるのを見届けた。
(注:土方の戦死状況に関しては多く異論がある。上記は沢に関する一説)
五稜郭降伏前に、立川主税から安富才助の手紙を、大和屋から土方の遺品である下げ緒を預かった。
箱館から湯ノ川へ脱出。
明治3年(1870年)、日野宿の佐藤家に遺品を届けた。
その後の消息は不明。