源季遠 (MINAMOTO no Sueto)
源 季遠(みなもと の すえとお、生没年不詳)は平安時代後期の武士・歌人。
平忠盛・平清盛の郎党。
子に、平家の侍大将の大夫判官源季貞らがいる。
歌人として
勅撰和歌集(詞花和歌集)に、子の源季貞(千載和歌集)とともに入選しているが、著名な歌人ではない。
代表歌
いかなれば氷はとくる春かぜにむすぼゝるらむ青柳の糸 (詞花和歌集)
武士として
平家の郎党であったという以外にはわかっていない。
子の季貞は領地経営から後方支援、前線指揮までこなす優れた武将であったが、季遠には、それに類する逸話は残っていない。
経歴
二条天皇の皇太子時代に帯刀舎人。
後白河天皇時代に北面の武士。
右兵衛尉、安芸守、信濃国国司を歴任。
家族構成
養父:源重時(清和源氏満政流)検非違使、大和守、越前守などを歴任。
実父:源忠宗(河内源氏・源義家の孫)上総国飯富庄司、飯富源太と称す。
長男:源光季(又は光遠)豊後守などを歴任。
次男:源季貞 検非違使。