結城弥平次 (YUKI Yaheiji)
結城 弥平次(ゆうき やへいじ、1543年?~没年不詳)はキリシタン武士。
小西行長の家臣。
肥後愛藤寺城城代。
洗礼名はジョルジ。
京都の南蛮寺建設にも関わった。
小西行長が肥後宇土城入城の時、矢部の愛藤寺城城代を太田市兵衛と共に任される。
関ヶ原の戦い後は有馬晴信に知行3000石を与えられ金山城(結城城)主となるが、有馬晴信の死後、次第にキリシタン弾圧が激しくなり、1613年以後の消息は不明。
結城 弥平次(ゆうき やへいじ、1543年?~没年不詳)はキリシタン武士。
小西行長の家臣。
肥後愛藤寺城城代。
洗礼名はジョルジ。
京都の南蛮寺建設にも関わった。
小西行長が肥後宇土城入城の時、矢部の愛藤寺城城代を太田市兵衛と共に任される。
関ヶ原の戦い後は有馬晴信に知行3000石を与えられ金山城(結城城)主となるが、有馬晴信の死後、次第にキリシタン弾圧が激しくなり、1613年以後の消息は不明。