藤原弘蔭 (FUJIWARA no Hirokage)

藤原 弘蔭(ふじわら の ひろかげ、生年不詳 - 延喜4年3月2日 (旧暦)(904年3月26日))は平安時代の人物。
藤原北家藤原家宗の子。
母は藤原山蔭の女。
妻は右衛門督藤原高経の女。
大学頭・阿波国守・相模国守・日向国守を叙任している。

陽成天皇・光孝天皇・宇多天皇の三代に仕えた。
延喜4年3月2日に病没し、子・藤原繁時が跡を継いだ。

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