藤原経宗 (FUJIWARA no Tsunemune)
藤原 経宗（ふじわら の つねむね、元永2年（1119年）-文治5年2月28日 (旧暦)(1189年3月16日)）は平安時代末期の公家。
大炊御門家創始者の藤原経実の4男（あるいは5男）。
母は藤原公実の女・藤原公子。
異母兄に藤原経定・光忠、同母姉に源懿子 (後白河天皇妃)、子に藤原頼実がいる。
前半生
保安 (元号)4年（1123年）に叙爵。
大治3年（1128年）に昇殿を果たしてから、右少将・左中将を歴任する。
母の公子は藤原璋子の姉妹であり、天承元年（1131年）に父が没した後は閑院流の庇護を受けていたと思われる。
康治元年（1142年）、近衛天皇の蔵人頭に抜擢される。
しかし崇徳天皇の退位と待賢門院の出家によって閑院流は勢力を衰退させ、経宗の昇進も停滞する。
久安5年（1149年）、大納言の三条実行と源雅定がそれぞれ右大臣・内大臣に昇進して、大納言以下に欠員が生じたことによる玉突き人事の結果、経宗は31歳でようやく参議となり公卿に列した。
久寿2年（1155年）7月に近衛天皇が崩御したことで、経宗に転機が訪れる。
大方の予想を裏切って即位した雅仁親王（後の後白河天皇）は、経宗と従兄弟の関係にあった。
さらに姉の懿子（源有仁養女）が産んだ守仁親王（後の二条天皇）の立太子で春宮権大夫に任じられ、外戚として政治的地位を上昇させる。
大夫の藤原宗能は70歳を過ぎて高齢のため、経宗が実際に春宮坊を取り仕切った。
官位の昇進も目覚しく、保元元年（1156年）4月に権中納言、9月には正三位に叙せられ右衛門督を兼任、保元2年（1157年）には検非違使別当、保元3年（1158年）には従二位・権大納言となった。
この時期に経宗は保元の乱で知足院に幽閉された藤原忠実を訪ねて、政務の機微について教えを乞い、摂関への野心を育んだという（『愚管抄』）。
平治の乱から失脚まで
保元3年（1158年）8月に二条天皇が践祚すると、政界は後白河院政派と二条親政派に二分される。
後白河の側近としては藤原信西が政務に辣腕を奮い、それに対抗して藤原信頼の台頭も著しかった。
経宗は院政派には自らの割り込む余地はないと判断したらしく、藤原惟方とともに親政派としての立場を鮮明にしていく。
政治の実権を握る信西一門に対する反感は根強いものがあり、親政派の中心である経宗・惟方は、院政派の信頼・藤原成親・源師仲らとともに反信西派を形成した。
平治元年（1159年）12月9日、反信西派は三条殿を襲撃してクーデターを断行、信西を殺害して政権を奪取した。
勝利を治めた反信西派だったが、主導権は源義朝の武力を背景とした信頼ら院政派が握っていた。
信西殺害に成功して院政派と組む必要がなくなった経宗・惟方は、密かに平清盛と内通して二条を内裏から六波羅に脱出させた。
反逆者となった信頼・義朝らは敗北し、院政派は壊滅する。
翌永暦元年正月、経宗・惟方は「世ヲバ院ニ知ラセマイラセジ、内ノ御沙汰ニアルベシ（院に政治の実権は渡さない、天皇が政務を執るべきだ）」と称して、後白河が八条堀河にあった藤原顕長邸の桟敷で外を見物していたところに、材木の板を打ち付けて視界を遮るという嫌がらせを行った。
親政確立を目指す経宗・惟方だったが、信頼らとともに信西殺害の首謀者であったことは誰の目にも明らかであり、やがてその責任を追及されることになる。
後白河に「ワガ世ニアリナシハコノ惟方、経宗ニアリ。コレヲ思フ程イマシメテマイラセヨ」と命じられた清盛は、2月20日に郎等を内裏に派遣して経宗・惟方を逮捕する。
二人は後白河の面前に引き出されて拷問を受けた。
28日、経宗は惟方とともに解官され、3月11日に阿波国に配流された。
復権と左大臣就任
応保元年（1161年）9月、憲仁（後白河の第七皇子、後の高倉天皇）親王立太子の陰謀が発覚したことで、後白河上皇の政治介入は停止されて二条天皇による親政が確立する。
翌年に経宗は召還されるが、帰京後は失脚したことへの反省からか慎重に行動していたようで、しばらくは目立った活動を見せなくなる。
長寛2年（1164年）正月に本位に復し、閏10月に正二位・右大臣となる。
阿波国に配流された身であったことから「阿波大臣」と称された。
これを見た藤原伊通は、かつて吉備真備が右大臣の任にあったことを引き合いに、「黍（吉備）の大臣に続いて粟（阿波）の大臣が現れたのだから、いずれは稗の大臣も現れるだろう」と皮肉を飛ばして、大いに人々を笑わせたという（『平治物語』）。
太政大臣の伊通は高齢であり、左大臣・松殿基房、内大臣・九条兼実は若年のため、経宗が実質的に太政官を取りまとめる形となった。
永万元年（1165年）7月、二条天皇が崩御した。
後継の六条天皇は幼少であり、翌年の摂政・近衛基実死去により二条親政派は瓦解する。
同年10月10日、後白河は清盛の協力により憲仁親王の立太子を実現した。
翌月、清盛は内大臣となり、経宗は左大臣となる。
経宗は後白河上皇に対して「太上天皇与正帝無差別」（『兵範記』嘉応元年（1169年）12月15日条）と表明して恭順の姿勢を示し、平氏に対しても平重盛の妻・藤原経子と重盛の子・平宗実を猶子とするなど親密な関係を築いた。
経宗は以後、院御所議定に精力的に出席して後白河上皇の諮問に答え、政務に不慣れな平氏一門に助言を与えることで、双方から確固たる信頼を獲得することに成功する。
治承2年（1178年）12月15日、高倉天皇の第一皇子・言仁親王（安徳天皇）が立太子すると、経宗は東宮傅（とうぐうのふ）に選ばれる。
これについて兼実は「面縛の人を傅に任ず、未曾有のこと」（『玉葉』）と激しく非難した。
経宗の地位は、治承三年の政変で後白河院政が停止されても揺らぐことはなかった。
ただし以仁王の挙兵における公卿議定では、親平氏派の藤原隆季・土御門通親による興福寺追討の主張に同調しなかったことから、完全に平氏に従属することはなかったようである。
院殿上除目の強行
寿永2年（1183年）7月25日、平氏一門が都落ちする。
7月30日の議定で経宗は、後白河の意を受けて院殿上での除目を主張する。
これに対して兼実は、宣旨をなし官符を請印するのは天皇の権限に属するとして強く反対した。
経宗も「希代の権儀」であることは認めたが、他に方法のないことを理由に執拗に食い下がった。
結局、外記の清原頼業らの「内示だけにとどめて、最終決定は新天皇が即位してから除目で行うべきだ」という意見が賛同を集めたことで、経宗もやむを得ず発言を撤回した（『玉葉』同日条）。
ところが8月10日、経宗は院殿上除目を行うことを奏請し、後白河も同意する。
内大臣・徳大寺実定は先の議定での決定を踏みにじる経宗の行動に憤り、後白河に反対意見を奏上しようとするが、兼実は「異議なし」と屈服した（『玉葉』同日条）。
16日、後白河の主宰の下に除目が行われた結果、平氏一門が占めていた総計30ヶ国の国司には木曽義仲・源行家らを除いて、ほとんど院近臣が任じられることになった。
この強引かつ露骨な人事を、兼実は「任人の体、殆ど物狂と謂ふべし。悲しむべし、悲しむべし」と記している（『玉葉』同日条）。
後白河は経宗の協力により政治の主導権を確立すると、後継天皇の選定に取り掛かった。
20日、三宮（高倉の第三皇子・惟明親王）や義仲の推す北陸宮を退けて、丹後局（高階栄子）の夢想に現れた四宮（高倉の第四皇子・尊成親王、後鳥羽天皇）を践祚させた。
神鏡も剣璽もない異例の践祚だったが、経宗は践祚次第を作成して実現のために尽力した。
朝の宿老、国の重臣
右大臣でありながら朝廷にほとんど出仕しなくなった兼実に対して、経宗は「朝の宿老」「国の重臣」（『玉葉』元暦元年（1184年）8月18日条）として後白河法皇を補佐した。
平氏滅亡後の文治元年（1185年）10月13日、源義経が頼朝追討の宣旨を下すように要請する。
躊躇する後白河に、経宗は「当時在京の武士、只義経一人なり。彼の申状に乖かれ若し大事出来の時、誰人敵対すべけんや。然らば申請に任せて沙汰あるべきなり」と進言し、頼朝の追討宣旨の上卿を勤めた（『玉葉』同日条）。
この行動が義経没落後に問題となり、頼朝の要求で設置された議奏公卿からは除かれることになった。
義経に同意したことで高階泰経・平親宗ら12名が解官されるが、経宗は追及されることはなく左大臣の地位にとどまった。
文治5年（1189年）2月13日、病により官職を辞職し出家（法名は法性覚）、同月28日に薨去した。
享年71。
和歌にも通じていて『千載』『新勅撰集』などにも入集しており、また日記に『高門記』がある。
法体の木像が京都市西方寺に所在している。
経宗は二条天皇、平氏、後白河法皇と権力者の下を渡り歩いた印象が強いが、それが可能だったのも「公事ヨクツトメテ職者ガラモアリヌベカリケレバ（朝廷の政務をよくこなし、故実にも通じていた）」（『愚管抄』）という自らの能力に負うところが大きかった。
一度は対立した清盛や後白河に重用されて、「左大臣一ノ上ニテ多年職者ニモチヰラレテゾ候ケル」（『愚管抄』）とあるように動乱の中で24年間も左大臣の地位にあり続けたことからも、その存在が無視できないものだったことがうかがわれる。
経宗は、永暦元年（1160年）正月から配流される翌月まで越後国を知行していたが、召還後の仁安 (日本)元年（1166年）正月から承安 (日本)元年（1171年）4月まで備中国を、承安元年から文治5年（1189年）に没するまで土佐国を知行した。
この土佐の所領がそのまま嫡子・頼実に相伝された。
頼実は太政大臣に昇進し、後世において大炊御門家は、清華家として安定した地位を確保することに成功している。
官歴
※日付＝旧暦
保安 (元号)4年（1123年）（5歳）
2月19日従五位下（中宮・藤原璋子御給）
大治3年（1128年）（10歳）
正月24日左兵衛佐
12月20日昇殿
大治5年（1130年）（12歳）
正月5日従五位上
大治6年のち改元して天承元年（1131年）（13歳）
12月24日右少将
天承2年のち改元して長承元年（1132年）（14歳）
正月22日備中介
長承2年（1133年）（15歳）
正月2日正五位下
4月禁色勅許
長承4年のち改元して保延元年（1135年）（17歳）
正月5日従四位下
保延3年（1137年）（19歳）
正月5日従四位上（鳥羽上皇御給）
正月20日美作介
9月25日正四位下（法金剛院行幸の賞）
保延4年（1138年）（20歳）
11月17日左中将
保延7年のち改元して永治元年（1141年）（23歳）
12月7日新帝（近衛天皇）昇殿
永治2年のち改元して康治元年（1142年）（24歳）
正月7日蔵人頭
正月23日備前権介
久安3年（1147年）（29歳）
正月28日播磨介
久安5年（1149年）（31歳）
7月28日参議に補任
8月2日左中将如元
久安6年（1150年）（32歳）
正月29日備中権守
仁平2年（1152年）（34歳）
3月8日従三位（鳥羽法皇50歳の賀。美福門院別当）
美福門院別当）
久寿2年（1155年）（37歳）
正月28日讃岐権守
9月23日春宮権大夫
久寿3年のち改元して保元元年（1156年）（38歳）
4月6日権中納言
9月17日右衛門督兼任。
正三位
保元2年（1157年）（39歳）
4月2日検非違使別当
8月19日中納言
保元3年（1158年）（40歳）
正月10日従二位（美福門院行幸の賞。春宮御給）
春宮御給）
2月21日権大納言。
春宮権大夫如元
8月11日春宮権大夫辞任（二条天皇践祚）
12月17日正二位（即位叙位）
平治2年のち改元して永暦元年（1160年）（42歳）
2月28日解官
3月11日阿波国に配流
応保2年（1162年）（44歳）
3月7日召還
長寛2年（1164年）（46歳）
正月21日正二位に復す。
権大納言に還任
2月18日帯剣を許される
閏10月23日右大臣
永万2年のち改元して仁安 (日本)元年（1166年）（48歳）
10月21日左大将兼任
11月11日左大臣
11月13日左大将如元
11月25日左馬寮御監
仁安3年（1168年）（50歳）
8月9日左大将辞任（病のため）
承安 (日本)4年（1174年）（56歳）
正月7日従一位
治承2年（1178年）（60歳）
12月15日東宮傅
治承4年（1180年）（62歳）
2月21日東宮傅を辞任（安徳天皇践祚）
養和2年のち改元して寿永元年（1182年）（64歳）
11月23日輦車宣旨（てぐるまのせんじ）を賜る
11月25日牛車宣旨（ぎっしゃのせんじ）を賜る
文治5年（1189年）（71歳）
2月13日出家