観世清廉 (KANZE Kiyokado)
観世 清廉(かんぜ きよかど、慶応3年(1867年) - 明治44年(1911年))とは、シテ方観世流能楽師。
二十三世観世宗家。
二十二世宗家・観世清孝の長男。
1869年(明治2年)徳川家と共に静岡へ移るも窮状を極め、1877年(明治10年)東京へ戻り、しばらくは湯島天神下の知り合いの元に身を寄せる。
1888年(明治21年)宗家継承、若年に付き、観世紅雪が後見に立つ。
1901年(明治24年)観世能楽堂を大曲(現在の新宿区新小川町)に建設。
実子はなく、養子に観世元滋(清廉の弟である七世片山九郎右衛門(観世元義)の長男)。