善正寺 (京都市) (Zensho-ji Temple (Kyoto City))
妙慧山善正寺(ぜんしょうじ)は 京都府京都市左京区岡崎東福ノ川町にある、黒谷龍光院の西にあたる。
門には「妙慧山善正寺」「豊臣秀次公、村雲門跡瑞龍寺御墓所」と札がかかる。
歴史
善正寺は、豊臣秀吉の実姉とも(智)が豊臣秀次の菩提を弔うため、慶長2年(1597年)に嵯峨の亀山に庵を結んだことに始まる。
秀次は秀吉の養子になり関白にもなったが、秀吉に実子豊臣秀頼が生まれると疎まれるようになり、ついには切腹を命じられ、秀次の妻妾も三条河原でことごとく処刑された。
この事件の後、ともは出家して日秀と名乗り、現在の地に堂宇を建立した。
日秀は現在滋賀県近江八幡市にある瑞龍寺 (近江八幡市)を、自らの菩提寺としていた。
墓所
豊臣秀次公、村雲門跡瑞龍寺御墓所(秀次と日秀の墓)